石峰優璃は古ぼけたパソコンの電源を落として一息つく。
就職してから買ったから随分と古ぼけている。
元々こういうのが苦手だからか、当然の様にすっかり埃を被っている。
これは一度新人君からスマートフォンなるものを教えてもらわなければならないな。そう腕を組んでマグカップを口に近付ける。
インスタントコーヒーの燻んだ香りはすっかり体に馴染んでいる。
あまりコーヒーに味など求めていなかったが、新人君の話を聞いてみるとやはり興味は湧く。
いつになってこの好奇心は抑えられない。特に人の事についてであるけれど。
それが患者様への利益に繋がっているから、悪い事ではないのだろうとも思う。
自分がいつからこんな性格になったのかは分からない。
小さい頃から生きる事だけに必死だったから。
この仕事を始めて、多くの人に触れながらヒトというものに非常に興味が持てた。
体の中だけの事では無く心の動きや感情の揺らぎ。
そして家族というもの。
自分には決して縁の無いものだけど、興味はある。
そういえば新人君には家族は居るのだろうか?
そう考えて石峰は一度大きく首を振る。
そんなのは当たり前だ。何を私は考えているのだ。
彼は私とは違うのだ。
何故こんなに新人君の事を考えているのだろうか不思議に思う。
内海や岩水はここに来た時には新人で無かったから、大して世話を焼く事も無かった。
そして時折新人が配属される時もあったが、育成は部下に任してある。
まぁ大して長続きはしなかったからか、あまり印象には残っていない。
頭は良いが賢い訳ではない。むしろ不器用で仕事は出来るが、真面目すぎて要領は良いとは言えない。
まぁきっと手間が掛かるからこそ、こんなにも気を取られているのだろう。
石峰はそう考えながら、古ぼけたパソコンをポンと叩く。
今度教えてもらわねばなとそう考え、偶にはこの労力を還元してもらわねばとも思った。
ならば何処に連れて行こうか。出不精であるとこういう時に困るな。
石峰はインスタントコーヒーを口に運び、お礼に美味いコーヒーでも奢ってやるか。
そう考えて唇を片方だけ上げ笑みを浮かべた。
【これまでのあらすじ】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』
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