なんか気持ちが楽になったなあ。いつもとは違い真面目な顔をしている沢尻悠を眺めながら坪井咲夜は、らしくないなぁと笑みを浮かべる。
そんで?結局のところどうやってリハビリを進めたらええのかな?
うん。入院して最初の介入では急性増悪後が多いから、そこは急性期のリハビリに準じる事が多いね。全身状態を見つつ早期離床、離床する事で肺も広がりやすくなるし、多くなった痰も出しやすくなる。二次的な合併症を防ぐ事にもなるし、それ以上に体力を落とさないで済むからね。
ふむふむ。それに合わせて硬くなった首回りや肩周りを柔らかくしたり、腹式呼吸の練習や口すぼめ呼吸の練習を行うって感じ?
特に口すぼめ呼吸の指導は特に必要だとオレは思うね。自然に習得される方もいるけれど、しっかりゆっくりと息を吐き切らないといくら空気を吸おうとしても吸えない、それに口をすぼめて息を吐くと細い気管支が虚脱、潰れてしまう事もまた予防できたりするから重要。
そやなと坪井は答える。正直今は娘として母と言葉を交わす事は難しいと思う。それほどに長い年月の溝がある。だけどもセラピストとしてならば・・・と坪井は思う。
そして個人的にも生活場面に関わる事もとても重要だとオレは思うよ。感染によるさらなる重症化を防ぐために手洗いうがいの指導、うがいに関しては誤嚥のリスクがない事を確認してからだね。他にもインフルエンザや肺炎球菌のワクチンの接種もまた重要、そして何より禁煙の指導だね。これは必ず行っておく。まぁ入院中に吸う事なんて殆どないと思うけどね。
そやな。まずは入院中に基本的な事を指導して、習熟して、体力をつけるための有酸素運動を頑張るって事やな!でも日常生活全体を考えるとやる事はたくさんやな。
うん。特に息苦しくなる場面は日常生活にも多い。まずは洗濯物を干したり戸棚に物を直す時、腕を上に挙げると胸の動きが阻害されて息苦しくなる。これは誰かに頼むか低い位置に物干し座を調整する。それに掃除機をかけたり掃除をする時、これも腕に力を入れ続ける事が必要だからいっぺんにやろうとせずにその都度休憩が必要だね。
そう考えると、洗顔や歯磨きもそやな。それにその動きは洗っている間は息を止めなあかんし余計に苦しいやろうな。事前にたくさん息を吸ってそれを自覚して動作をこまめにやる事もまた大切やな。
母と過ごした日々は遠い幼い頃だった。いつだってタバコを吸って楽しそうに自分の仕事を話していた。いつか世界を巡り裏舞台でも輝かしい世界に生きるのだと。
他にもしゃがみこんだりお腹を圧迫して横隔膜での呼吸を阻害するような、そんな動きも息苦しくなる。椅子を使用するなどの調整が必要だね。それにシャツを着る時や、お風呂に入る時といった連続して動作が必要な時、入浴時には特に移動から衣服の着脱、入浴、洗体と様々な動作が連続するから呼吸困難感を感じやすい。よってそういった動作の時には動作を分割する事が必要だね。その都度動作の合間に休憩する。
なるほどな。例えば、移動して休憩、衣服を脱ぎながら呼吸困難感を感じたら休憩といった感じやね。もちろん呼吸困難感を感じなくても入院中にそれらの動作でSpO2の低下があったらな、その都度休憩作戦は必要やな!
ある意味母は夢を叶えた。その結末がどんな事であれ、そしてその夢は破綻した。その渦中に今、母は居るのだ。
そしてその移動の方法にもまずコツがあって、移動中は息が吸えない事が多いよね。でも立ち止まったらもちろん息が吸いやすい。
ふむ。なるほどな!つまりは、歩いている時には息を吐いて、立ち止まった時に吸う。立ち止まらなくても息を吐いて、吸ってと意識的にやるって事やな。。
当然移動中は息切れしやすい、だけど移動中に呼吸をするという習慣自体は意識しないと難しい。階段を登る時が特にそうだね。階段を昇る前にしっかりと腹式呼吸を行って、階段を昇り始める。その際に口すぼめ呼吸を行いつつ息を吐きながら登って、4段ほど上がったら息を大きく吸う。そうやって動作を分割する事で息苦しさを予防する。そうやって生活の中で息切れを予防していく事が大切だし、自分では気がつかないから、入院中にしっかりと練習する事が必要なんだね。
うん。と坪井は頷く。そしてあぁ分かったと首を一度降る。自分はそんな母を母としては嫌いでも、女性としては尊敬している。人としてはかける言葉は持たなくてもセラピストとしてはかける言葉は沢山持っている。そうなのだ。
なるほどなぁ。でも沢山ありすぎて中々全部覚えきれへんな・・・
そうだね。入院中にいくら練習したとしても、自宅生活を長く続けていると忘れる事もあるし、方法の混乱もするから、そういう時には入院中に担当のリハビリの人にまとめてもらったり、今はインターネット上にパンフレットが無料で公開されているからそれを依頼するものありだね。それにオレ達がそれをしっかりと退院支援として取り組むのもまた必要。
そやな。せっかく退院したらもう一回入院したくはないもんな。
うん。と沢尻は一度頷き、まっすぐと坪井を眺め、坪井は首を傾げる。
もしその人が一人では無かったら、家族や周りの人にもしっかりとそれを伝える。周りの支援がどうしても必要な事だし、自分一人では出来ない事も多い。家族や身の回りの人の言葉とか想いがその人の生活を変える。生活が変わればその人もまた変わる。個人因子より環境因子の方にアプローチし易いのはセラピストなら分かるだろう。
その個人因子が環境因子を変える事もやな。アンタはどっちにアプローチしててん?
さぁなと沢尻は視線を外す。その頬は隠そうとしても僅かに上気しているようにも感じる。過程はどうであれ、こうやって人は変わっていく、セラピストとしてもそうだ。ただやり方が不器用やから、ありがとうなんて絶対言わへんからな。坪井はそうやって満面の笑みをお返しに沢尻に贈った。
坪井咲夜の手帳 その9
・まずは急性増悪のリスクを避けるために感染対策が必要。
・生活の中でも息切れし易い動作はある!無料での公開資料もあるから要チェック!
・ありがとう。
【〜目次〜】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
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