白波百合のリハビリテーション その③  〜リハビリを繋げるための申し送り〜

圧迫骨折

休憩室を出た白波は廊下を歩く。決してどこに行こうとしている訳では無い。ただあの場所には居たくないと思った。先輩の言っていることは良く分かる。だけども酷だ。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

おー百合ー!聞いたで?ついにアンタから患者様を引き継ぐ日が来るとはなぁ!・・・って百合?

上代 葉月
上代 葉月

百合!どうしたの!?

坪井と上代は薄く張られた氷の様に冷たく表情の無い白波を見る。

そこで初めて白波はハッと目を丸くして息を吐く。

白波 百合
白波 百合

なんでも無いっすよ?大丈夫っす!

上代 葉月
上代 葉月

そういう訳がないだろう!ちょっと座れるとこ行こう。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

さてはあの不器用鉄面皮やな!今日という今日は~!!

拳を振り上げる坪井は上代に羽交い締めにされている。

そうじゃないっすよ・・・と白波はそう思ったけれど不思議と言葉には成らなかった。そして更衣室に連れられるままに移動し、古ぼけた丸椅子に腰掛け、そして事のあらましを語る。

語り終えると上代はそっと白波の頭に手を乗せる。

上代 葉月
上代 葉月

まぁ何と無くだけど良くわかったよ。お疲れ様。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

なるほどなぁ。でも間違った事ではない事はアンタが一番わかってるんとちゃうん?

白波 百合
白波 百合

そうっすね・・・

自分は十分にやった。だけども・・・とそう感じられずにはいられない。自分が一番腹が立つのはそこなのだと白波は頭を垂れた。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

まぁ、あの不器用鉄面皮にも言いたい事は山程有るけどな!配慮と言葉が足りひんねん!

上代 葉月
上代 葉月

まぁまぁ・・でもそうだね。百合がそういう子だってのは分かっているはずなのにね。

白波 百合
白波 百合

いや、でもこれで、家に帰れるかもしれないっすからね!

白波は精一杯の笑顔を作ったつもりだけど、自分が今どんな表情をしているかはわからない。決して先輩には見せられないとは思う。

その表情をみて坪井は立ち上がり、両手でぎゅっと白波の頬を挟む。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

よっしゃ白波百合!ウチにその人の事を申し送らんかい!

上代 葉月
上代 葉月

ちょっと咲夜!

白波 百合
白波 百合

いいっすよ?えぇと、胸腰椎圧迫骨折で骨折部位は第12胸椎と第1腰椎で安定性の骨折っす。コルセットは作成済みで毎食時の離床と見守り下でのトイレ動作まで行えているっす。疼痛は軽減傾向で経過していて神経所見も見られないっす。移乗は動作の手順の声掛けが必要っすね。リハビリで平行棒内での立ち上がり練習から歩行練習へと移行する所っす。既往歴、バイタルサイン、フィジカルアセスメント上から著名な合併症の出現のリスクは低いと思うっすけど、高齢な分まだまだ注意っす。

視線を机に向けたまま白波はツラツラと話し続ける。その言葉にウンウンと坪井は頷いてみせる。

白波 百合
白波 百合

元々、独居で家族は遠方。介護保険は申請済み。でもサービスは本人の希望で拒否されていたっす。転倒は何度か繰り返してなんとか自宅での生活を続けていたみたいっすけど、時間の問題だったっすね。それで受傷機転は冷蔵庫を開けようとして後方へ転倒っすから、その対策は必要で福祉用具の検討と、それよりも何とか在宅へのサービスは必要っすね。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

うんうん続けて。

はいっす。と白波は頷く。知識だけは先輩に教わったけど、その知識を使って考えたのは自分なんだと思う。

白波 百合
白波 百合

円滑に身体機能の向上が得られれば担当者会議後に在宅っすけど、施設経由での在宅も検討の段階っす。それでも受傷が懸念される場合には老人ホームや能力次第ではグループホームもまた検討する必要があるっすね。

上代 葉月
上代 葉月

すごい・・・感心した。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

よっしゃ!とりあえずはそこまででええわ!書類関係は後に聞くとして、あんたそれで何も出来なかったと言うんかいな?

違うっすね。と白波はポツリとそう答える。先輩の言う一般病床の、セラピストとしての役割は出来たのではないかと思う。そうやってリハビリテーションを次に繋げる事が出来た。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

よっしゃ!後は任しとき!それとも何や?ウチやったら信用ならんと言うんとちゃうな?

白波 百合
白波 百合

違うっす!自分の患者様を・・・よろしくっすね!

上代 葉月
上代 葉月

うん。セラピストはアンタだけじゃないんだからね。大丈夫。みんなその人が望む生活を望んでいるよ。

そうっすね。と白波は笑顔を作る。今の表情はしっかりと笑顔だと分かる。また一人でやろうとしてしまった。味方はこんなに沢山居るのに。と白波は目を閉じる。今日はもう会えないけれど明日、先輩に謝らなければっすね。そう考えた。

翌日、顔が腫れていた所為でいつもより遅い時間に白波は休憩室に訪れる。

そこにはもう先輩の姿は無かったが、自分のデスクには燻んだ茶色の小さな紙袋が置いてあるのが見えた。

金の刻印で止められたそれを開いてみると、オレンジピールの香りとほろ苦いチョコレートの匂いが辺りを包んだ。

そういえば先輩はどんなコーヒーが好きなんすかね。白波はそう考えながらその香りに身を任せた。

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