西日が差し込む休憩室。山吹のデスクに積まれた文献は今にも倒壊しそうである。
さてどうするかね。と山吹はマグカップを持ち上げる。
読めば興味は無くなるが捨てるのもまた忍びない。
先輩おつかれっす!。
ドアは勢い良く開いた。その勢いで山吹の机では文献が倒壊する。
バサバサと散らかる文献を眺める。山吹は慣れてはいるので慌てはしない。
先輩すみません!すぐ片付けるっすから。
ん。まぁ片付けない僕も悪いんだがね。
白波はいそいそと文献をまとめる。それを山吹は見つめる。
よかったらいる?もう読まないから。
いいんすか!?こんなにたくさん!!
どうせ、病院で印刷してるからね。
なら遠慮なく!タダより高いものは無いっすからねー!
それ、使い方を間違っていないか?山吹は口には出さずに一呼吸置く。
それじゃぁ今日は血圧測定のお話の続きだったね。
それでは血圧とはなんだったっけ?
はい!収縮期血圧と拡張期血圧っす。
白波は鼻をならして右手をあげる。山吹は目を細める。
まぁ、悪くはないのだけれども。心拍出量×抹消血管抵抗と言ったのは覚えている?
ノートにはちゃんと書いてあるっす!
うん。それなら良いけども。
じゃぁ、まずこの末梢血管抵抗はなんだろう。
えぇと、その名の通り末梢血管の抵抗ではないですか?
答えではないね。末梢血管とはどこだろう?血管の一番端っこは?
毛細血管っすか?。
そう。毛細血管だね。動脈から静脈へ切り替わる重要な場所だよ。
その抵抗感であるわけだね。まぁ心臓から遠位であればどれも影響するだろうし、運動負荷時の考え方は少し違うのだけどね。
白波は体ごと首を傾げてみせる。
・・・例えば口を閉じて、そこから僕に向かって息を吹いてくれないか?。
白波の目は光る。思いっきり吸い込んだ後に口をすぼめて息を吐き出す。
部屋中に濁音は流れ、山吹の顔に唾が噴きかかる。
その整った前髪をバラバラにしようとしたんすけど、どうっすか!?
何をそんなに達成感にあふれた顔をしているのかな?
山吹は冷静にメガネと顔を拭く。顔を真っ赤にした白波は軽く息を切らしている。
ほら、出口がそんなに狭くては目的の場所へ息を拭くのも一苦労だろう。毛細血管、もしくは心臓から遠位の血管が狭くなってたり、詰まっていたらそれだけ負担を掛けざるを得ない。自分を心臓に置き換えてみるとして、それだけの仕事をするのはしんどいだろう。
そりゃしんどいっすね。
次は、口を大きく開けて君の隣の壁へと息を吐いてみてくれ
白波は言われた通りに口を精一杯開けて壁を向く。中々のアホ面だと山吹は唇を片方だけ上げる。
なんだか全然、いくら息を出しても壁に息が届いている
気がしないっす。
しばらく息を吐き続けた後、白波の顔は再び赤くなっている。
そうだね。それが血管が虚脱している、つまり収縮する力を失って伸びている状態かな?末梢血管の抵抗が失われたら今度は血圧を保つこともできないんだよ。保とうとすると顔は真っ赤になる。当然これも心臓の負担は大きくなる。
ほどほどが一番ということですね。
何事もね。
と、もう一度息を吹きかけようとする白波を山吹は無言で制する。
動脈硬化や病態、薬の影響で安静時の抹消血管抵抗は容易に変化する。そして自律神経の働きで特に運動時には大きく変化する。もちろん侵襲でもだ。それはまた勉強が進んできてから説明するから、とにかく抹消血管抵抗の変化は心臓の仕事量に大きく影響する事をしっかり覚えておくように。
今先輩が言った事は全然わかんないっすけど了解っす!。
白波の返事に山吹は目を細める。
ということで末梢血管抵抗については何となくわかったかな?
何事もほどほどが大事っす!
それは・・・僕も肝に銘じておくよ。
両手いっぱいに文献を抱えている白波を眺めながら山吹はそうこぼした。
~白波百合のノート③~
・末梢血管とは遠位の血管のことで、その抵抗感は血圧に影響する。
・抹消血管が収縮し抵抗が大きいと血圧は上がる。逆に弛緩して小さすぎると血圧はあがら
ない。
・何事もほどほどが一番である。
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