免疫の話 その①  〜まず感染を起こさない様にするためには〜 【山吹薫の昔の話】

免疫

いかん。飲み過ぎだ。と山吹薫は業務終了後のリハビリ室で頭を抱える。これはきっと進藤守の所為だろうとも思う。休みの度にあいつの店に行っている。そんなに自分は暇なのかとも思う。

石峰 優璃
石峰 優璃

どうした新人君?元気が無いじゃないか。

山吹 薫
山吹 薫

いつでも元気って訳ではないでしょうに・・・

山吹はいつしか石峰優璃の隣のデスクに座るようになっていた。その方が都合が良いだなんて思っていると、背後から背中を強く叩かれデスクに前のめりとなった。事故か!?と一瞬そう思う。

岩水 静
岩水 静

ぐぁはは!どうした新人!活気がないぞ活気がぁ!

山吹 薫
山吹 薫

岩水さん・・・背骨が折れるでしょう!

岩水 静
岩水 静

なんだなんだ!鍛え方が足らんな!

岩水 静(いわみず しずか)のまるで山のように聳えるその体躯は、山吹をもってしても見上げるほどだ。そして広い肩幅は容易にその向こうの視線を遮り、名は体を表さ無い。岩水を見る度に山吹はそう思う。

石峰 優璃
石峰 優璃

まぁ元気なのは良いが、怪我だけでは止めておくれよ。

山吹 薫
山吹 薫

それはこの大男に言ってくださいよ!

岩水 静
岩水 静

細い男より良いではないか!まさか風邪ではないな!?我々の病棟は常に感染症と隣り合わせなのだからな!飯は食っているな!?

盛り上がったその腕を組むと宛ら巨大な石像のように見える。どこかの寺にあったよな。山吹はそう考える。

石峰 優璃
石峰 優璃

確かにそうだな。季節を問わず我々の仕事はまず体調管理が必要だ。免疫応答についてはどれだけ知っている?

山吹 薫
山吹 薫

それは、体の中に異物、まぁ抗原が入った時に血中の白血球が反応してそれを処理する働きでしょう。

石峰 優璃
石峰 優璃

ふむ。相も変わらず半分正解だな。狙ってやっているのか?

山吹 薫
山吹 薫

そんな訳ではありません。

唇を楽しげに広げる石峰に目を細めながら山吹は答える。岩水はその姿を交互に見比べて、何を考えたのか、ぬわっはっは!と巨大な体を震わせて笑い声をあげる。

岩水 静
岩水 静

主任!どうやらコイツは鍛え方が足らんようですな!その異物がまず体の中に入ら無いようにするのが先ず最初だ!この強靭な皮膚とそこに住まう常在菌、そして鼻腔の加湿や粘膜、そして気管に生える繊毛の働き等によって体は守られる!

石峰 優璃
石峰 優璃

そうだな。咳をする事は体の奥底に異物が入らないようにする正常な反応だ。そして食道に入ったなら胃酸で溶かされる。嘔吐や下痢もまた体外へ異物を排出しようとする働きの一つだ。

岩水 静
岩水 静

先ずは強固な防壁とそれを護る機構を作る事で城は守られる!城壁を破られてからでは遅いのだ!

山吹 薫
山吹 薫

何と戦っているのですか何と・・・

岩水の巨大な声に吹き飛ばされそうになりながら山吹は答える。なんともいちいち暑苦しい。呆れる山吹を見て石峰は笑った。

石峰 優璃
石峰 優璃

相変わらず賑やかなやつだ。当たり前の様に言われている。手洗いうがいは抜群の効果を発揮する。なんせ体の中にそもそも異物、抗原を入れさせない行動なのだからな。ちゃんとやってるな?

山吹 薫
山吹 薫

もちろんですよ。特にこの救急科では必要でしょう。

岩水 静
岩水 静

もちろんそうだ!そもそも体外に排出しようとする機構が低下している患者様も多い!特に受傷直後は咳をする力が落ちている。そもそも痛くて咳をすると体が痛むから咳自体をしない人も多い!

山吹 薫
山吹 薫

それで術後や超急性期では呼吸器合併症のリスクが高いんですね。

石峰 優璃
石峰 優璃

そもそもその機構が弱って重症化する人も多いからな。

この人達は大丈夫そうだなと両極端な二人を見比べる。主任なんかは岩水さんの肩に乗れるのではないだろうか。とも思える。巨大なロボと科学者の様な・・・。脱線している。山吹は首を横に振る。

山吹 薫
山吹 薫

そもそも抗原を体の中に入れない様にする事が必要なのですね。感染系をを断つというか。

石峰 優璃
石峰 優璃

しかしそうとも言えない場面は多い。体の中に容易に入りやすい状態、先ずは傷があるとそうだ。怪我をしたら腫れるだろう?そして入院直後では点滴の必要もある事が多い、それは体外と体内の交通を果たす。まぁそれには十分注意がなされているけどな。

岩水 静
岩水 静

しかし場合によっては中心静脈栄養、高カロリーの栄養は小さな血管を通らんから大きな静脈から栄養する必要がある。その場合には侵襲も大きいから感染源ともなりやすい。

石峰 優璃
石峰 優璃

後は頻回に血中の酸素濃度を測るため、血圧を直接的に測るために動脈にルートをとるAライン、他にも人工呼吸のための挿管がなされているなら、救命のための必要性はあっても感染ルートとなる。

そうですなぁ!と岩水は巨大な頭を上下させている。自分が立ち入れない集中治療室ではそうなのだろうと、山吹はまだ具体的にそれが何なのかが思い至らない。

山吹 薫
山吹 薫

ともかく基本的な手洗いうがい、というか健康を保つ事で体の中に抗原が入らないようにする。しっかりと咳をしたり、まぁ体を健康に保つ事の必要性はわかりましたよ。

岩水 静
岩水 静

強固な城壁を築き的の侵入を許さなければ、決して負けはせんからな。

山吹 薫
山吹 薫

だからさっきから何と戦おうとしてるんですか。

石峰 優璃
石峰 優璃

特に呼吸器合併症なんかは我々の敵とも言えるな。だけどもそれらはあくまで我々の様な健康な状態であるのが前提条件だ。そして感染を許してしまった状態、岩水君の言葉を借りるなら城壁の中に敵の侵入を許してしまった状態。それはどうなると思う?

それは・・と山吹が口を開きかけた時、岩水は一度仰け反り大きくクシャミをする。風圧というか爆風にも思えるそれは山吹を直撃する。

岩水 静
岩水 静

すまんな新人!これも敵の侵入を許さぬためだ!

山吹 薫
山吹 薫

・・・こちらを侵略しそうになってますよ。

呆れる山吹を見て石峰は手足をバタつかせて笑っている。素早く距離を取っているのはリスク管理がなせる技なのか。山吹薫は顔を拭きながら目を再び細めた。

山吹薫の覚え書 15

・免疫応答は体の中に入る前から始まる。手洗いうがいは必須。健康を保つ事も。

・治療の必要性から体内外との交通がされる時、挿管をされている時は常に感染の危険があると考える。

・岩水静はでか過ぎる。

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』

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非日常主義!!|tanakannaika|note
日常の中に潜む非日常。日常生活からの脱却のためのマガジン。ちょっとした息抜きに細やかながらの書き物を。

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