坪井咲夜の暇な時 その① 〜医療従事者の才能と必要な事〜

総論

失礼しますー。休憩室を百合と一緒に出る。

百合は明るく見えるように山吹さんに手を振り、お疲れ。と言葉少なく山吹さんはそれに応える。

ほんまにコイツらは・・・と心の中で呆れて見せた。

遅くなってしまったけれど、なんや楽しかったし、こういう日があってもええな。とも思った。

ふと病院玄関までの通路に、車椅子でぼんやりと外を眺める患者さんが見えた。

先帰ってて。そう言って白波が走り出す。

そして患者さんに声をかけるのを坪井は遠くから眺める。

本来ならウチも行かなアカンのやけどな・・・そうすると百合は遠慮するしなぁ。

あぁ見えて真面目で不器用で頑なで、難儀な性格をしているのだ。

坪井は百合の笑顔が増えてきて良かったと正直そう思う。

1年目の最後辺りは散々やったからなぁ。

と坪井は壁にもたれ、患者さんに話しかける百合を眺めた。

しばらく振りの暇な時間だ。

こうやって人を観察するのも面白いと坪井は思う。

職業柄と言えばそれでお終いだけれど。

百合は患者さんと目線を合わせて何やら話している。

患者さんは何かを真剣に訴えてそれを真摯に聞いている。当たり前の事のようでそれは難しい。

業務に追われれば追われるほど、それらは蔑ろにされる。

リハビリ時間中でしか患者さんと話さないセラピストなど正直沢山居る。

だけども百合は、カルテ記載や書類業務よりも患者さんと話す事を優先する。どんなに仕事が出来ないと言われてもそれは未だに変わらない。

でもそれは本来の仕事を行っているからであって、決して仕事を出来ない訳ではないと思う。

器用に立ち回れないだけであって、医療従事者としての本来の仕事は行えている。むしろ誰よりも。

いつの間にか廊下の向こうから患者さんと百合の笑い声が聞こえる。

ほんまそれだけは感心するなぁ。

と素直にため息をついた。

患者さんに寄り添うだけで、穏やかな気分にさせるのは才能だと思う。

そうさせるのは百合の声色だとか雰囲気だとか、そういう目に見えないものであって、素直に羨ましいと思う。

ある意味、知識や技術は努力次第で何とかなる。もしくは器用に立ち回るだけで欺くこともできる。

だけど患者さんに寄り添う態度だけは欺けない。

結局の所、ずっと先で差が出るのはこういう所でなのだろうと思う。

せやけどなぁ・・・。壁にもたれたまま頭を抱える。

あの子は必死に何かに成ろうとしている。多分理想の自分の姿なんやろうけど、ずっと心の奥は誰にも見せない。そして自分でも気が付かない。

そしてその指導者もまた不器用な上に、多分百合と同じだから厄介なのだ。

真逆なようで根本的な所で似ている。

まぁ見ていておもろい内は大丈夫なんやろけどな。

そう誰にも見えないように心の中で笑みを零した。

廊下の先で百合が手を振っている。仲良くなったのか患者さんも一緒に手を振っている。

ほんまにこういう所は凄いと思う。あの山吹さんよりもずっと。

葉月はアレはアレでぼーっとしてるし、ウチがしっかりせんとな。

廊下の向こうにいる二人に手を振り返す。

廊下を歩く音が静かな病院玄関を幾重にも反響しつつ、どこか遠くへ流れていった。

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