主任が呼び出されて何処かに行ってしまった。恐らくまだ自分が足を踏み入れる事が出来ない集中治療室に居るのだろう。しかしこの人と二人だと妙に間が持たないな、と山吹薫は内海青葉を見上げる。
なになにー?何か質問かなー?
別にそういう訳では無いですが・・・
と言いつつもっと聞きたい事はあるのだが、今は頭を整理するので一杯だ。それでも珍しく主任が居ないから主任の事を聞いてみたい。そんな疑問が浮かぶ自分を山吹は不思議に思う。
内海さんはこの病棟長いですよね?主任はどんな人なんですか?
なになにー?恋の悩みかなー?
違います!ならもう良いです!
冗談だってさ~。主任さんはねー最初はこの病棟に一人だったんだよー
一人でこの病棟か。山吹はそれが全く想像が出来ない。こんな激務を独りでこなしていたというのか?
最初から今みたいに沢山リハオーダーが出ていた訳じゃ無いんだよー。救急分野でのリハビリが中々浸透してない時期で新設されたばかりだったからねー。
それでも今は多くは無いですが人員は居ますよね。
そうそう。必要性を定義して論文にまとめてやっと認められて、やっとこれだけの人員が来たのー
それは・・・凄いですね。
でしょー。と内海は体を左右にゆっくりと振る。独りのリハビリ室はどういった気持ちなのか。それもまた山吹は想像が出来無い。
それでも中々この病棟で働くって人は少なくてねー。
それはちょっと分かる気がします。まぁ僕はそう思いませんが
だろうねー。一見華やかだから人は来るけど直ぐに辞めて行っちゃう。付いて行けないってねぇー。
・・・それは主任に・・・ですか?
どうだろねー?と内海は話をはぐらかす。自分は決してそうだとは思わないが、もしかしたらそういう人も居るかもしれない。
そんな事はないと思いますよ。
ボクもそうだよー。だけど余りに優秀で真面目で熱心で、そして頑なで隙が無さすぎると余りに眩しいからね。その眩しさに堪えられない人も沢山いるんだよー。いつか追いつこうと努力しても凄い速さで置いていかちゃうからねー
そういうものですかね。
そう答えてつつ山吹はそんな気持ちを抱いた事が無い事に気がついた。それもまだ新人だからなと思い一度首を降る
でもやっと人が増えてきて賑やかになったよねー。矢鱈とデカイのやら、矢鱈と色っぽいのやら、変な人ばっかりだけど、そうじゃ無いと続かないのかもねー
それを貴方が言いますか・・・
ひどいなー。でも新人ちゃんが来てくれて主任も良かったかもねー
どういう事ですか?
確かに仕事量は多少は減るのだろうけど、自分がそんなにまだ力になれていない事は、十分に痛感していると山吹は考える。
あんなに楽しそうに話している主任さんは余り見なかったからね
楽しそう・・・に見えますかね?
見えるよー。前なんて聴診器をライフルに持ち替えても違和感が無いくらいの表情していたからねー
・・・それはちょっと想像が出来ます。
電子カルテを見つめる時の表情は正しくそれだと山吹は思う。何を考えているのかまでは到底考えは及ばない。
まぁ君にできる事はリハビリだけでは無いって事かもねー。ボクも楽しかったしー。またみんなでお話ししようねー
僕は頭が破裂しそうですけどね・・・
あははーと笑い声の残響が響く中、内海はリハビリ室を後にする。その瞬間に訪れた一人きりのリハビリ室は妙に山吹を落ち着かせなくさせる。主任もこんな気持ちだったのか?その思いに至った時、石峰優璃は再び病室を訪れた。
なんだ?青葉はもう帰ったのか?
まぁ良い時間ですからね。それで新患ですか?
A型大動脈解離だな。現在人工血管の置換術の緊急オペ中だ。おそらく明日からリハビリスタートだ。
まったく。色々起きるものですね。
まったくだ。と両手に腰を当て胸を反らせる。その瞳は真っ直ぐと何処かへ向けられている。
それで・・・大変失礼な質問だとは思うのですが・・・内海さんの性別って・・・
ん?私も分からん!臨床に出て何年目なのかも考えた事は無いな。
君はそんな小さな事が気になるのか?
山吹は一度ため息を付いて、いいえ。と答える。成る程これでは主任というよりも隊長の方が似合っている。そう思いながら随分と自分の気持ちが落ち着いている。そんな気持ちを不思議に感じた。
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