山吹薫の想い出⑩ 〜主任と新人〜

総論

その日の業務は特に問題も無く終わり、すっかりと辺りが暗くなっている。山吹薫はまだデスクの前で文献を広げつつ難しい顔をしている石峰優璃よりも一足早く帰路に着いた。

辺りはすっかりと冷えている。暦上は徐々に春に近付いているのにも関わらず、全く気候は春に近付いていない様にも感じる。

「よー!今帰りか?」

病院玄関へと辿り着いた時に、進藤守が右手を大きく振りながら近付いてくるのが見えた。

「進藤・・お前もか。」

「なんだよー!元気無いな。しっかし朝に勉強すると一日の臨床も変わって見えるな!」

ふむふむ。と腕を組んでさも分かった様に何度も頷く進藤を横目に、当然だろうと山吹は答える。新人の業務に慣れてきた時から始まった主任との勉強。厳密に言えば主任とだけでは無いのだけど、それでもその日々は今の今まで続いている。当たり前の様に。

しかし山吹の表情は冴えない。気持ちの奥底へと思考が深く深く落ちていく。その原因は分かっている。その表情をぐるりと体を曲げて進藤は覗き込む。

「なんだー?もしかして俺がすっかりと賢くなっているのがそんなに悔しかったかー?男子3日も会わずな刮目して見よ!何て言葉があるだろうに!」

「何だか岩水さんみたいな事を言うものだな。別に何でも無いよ。」

山吹はそうとだけ答えて足を進める。何だよー。と賑やかに声を上げる進藤の言葉を置き去りにして。

その気持ちの正体は何なのだろうかと山吹は深く思考の奥を覗いてみる。きっとそれは主任がいつも疾患の説明の後に付け加える言葉の所為だと思う。

「もし私がそうなったら君はどうしてくれる?」

きっと決してそうとはならないのだろうけど、それでもその言葉はいつだって山吹の心に深い闇を落とす。誰だって主任にはそうなって欲しく無いのだ。

それでも主任は、そうなってしまったと仮定される主任へのリハビリを語る時には、僕の気持ちなど何も考えていないのか、酷く嬉しそうな顔をする。

その顔が何とも言えなくて、そしてその質問に答える自分の表情もまた何とも言えない。

もし本当に主任がそうなってしまったら、僕はきっと主任のリハビリテーションは出来ない。

感情がきっと邪魔をする。それでももし本当にそうなってしまったら・・・

その気持ちだけが山吹の心の中をぐるぐると終わりの無い渦を作り続けていた。

【〜目次〜】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。

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