息切れの話 その②   〜息を吸うだけでは無い呼吸〜

バイタルサイン

西日の差し込む休憩室はすっかりと蒲公英みたいなオレンジ色に染められている。そんな空気に触れるように白波百合は大きく伸びをする。

白波 百合
白波 百合

ふー!気持ちが良いっすねぇ。

山吹 薫
山吹 薫

その顔を見ていたらこっちまで眠たくなりそうだよ・・・ふむ。今、白波君は大きく息を吸ったな?

白波 百合
白波 百合

そりゃそうっすよ!生きているっすから!

山吹 薫
山吹 薫

・・・そうだな。確かに僕たちは生きている。生きるために呼吸は必要だ。それはなぜだ?

山吹薫がちょっと言い淀んだその言葉に白波は気が付かない振りをする。先輩の言う生きているというのは生命活動の事だろうけど、生きるという事は単にそれだけではない。

白波 百合
白波 百合

えぇと空気を吸って肺に酸素を満たして、体のエネルギーにするっす!

山吹 薫
山吹 薫

えらく漠然としているな。まぁ大まかに捉えるとそういう事だけども、確かに生きるためにはエネルギーが必要だ。そのエネルギーはまぁ各細胞によって作られる訳だがそこには酸素が必要となる。無酸素運動も可能であるがそれは長続きをしない。

白波 百合
白波 百合

短距離走と長距離走の関係性みたいっすね!長く走るにはたくさんのエネルギーが要るっす!

山吹 薫
山吹 薫

まぁ運動だけではないよ。細胞で構成される人体は酸素を得てエネルギーを産生し各臓器が働く事で生きている。その多くが消費されるのが脳だ。・・・今の白波君みたいにそうやってエネルギーが足りないと大きく酸素を供給する必要が有る。

うへっ?と欠伸を噛み殺している白波は、山吹から視線をそらして首元を掻く。まさか昨晩あまり寝れなかっただなんて言えない。先輩にだけには。

白波 百合
白波 百合

またそういう事を言うんすねぇ。でもこうやって深呼吸をする事も重要っすよ?

山吹 薫
山吹 薫

なぜそう達観した目をしているんだ。勿論、息切れを自覚する方に呼吸方法の指導をする事は重要な事だ。だけどもそもそも何故それが生じているかをまずは考える必要が有る。

白波 百合
白波 百合

言われてみればそうっすね。怪我をしたから絆創膏!という訳にはいかないっすもんね。

山吹 薫
山吹 薫

不覚にも上手い例えだな。まず大気中に含まれる酸素が口や鼻から入り、加湿され、気管を通る。そして気管支より分岐して肺の各区画、まぁ部屋のようなものに入る。そして気管支の先端である肺胞という極々小さい無数にある小袋に酸素は到達する。

長旅っすねぇ・・・と白波は答えつつ自分の胸に手を当ててみる。息を吸い込む度に膨らみ、肺胞に酸素が満たされている事を想像してみる。

山吹 薫
山吹 薫

そして肺胞に満たされたその酸素は、心臓の右下の部屋、右心室から出た肺への動脈へと運ばれる。この時にその小袋である肺胞へ絡みつくように動脈は分布し、そして酸素を含んだ赤い静脈となり心臓へ還る。これは外と通じているから外呼吸と呼ばれるな。

白波 百合
白波 百合

ふむふむ。って赤い静脈ってなんか不思議っす。

山吹 薫
山吹 薫

基本的に心臓から出る血管が動脈、心臓に戻る血管が静脈だからな。色はさほど重要ではないと僕は思うね。そして心臓から出た血液と共に組織に運ばれると、そこで分解された糖質と加水分解と段階を経て大量のエネルギーになる。ガソリンとエンジンみたいなもんだな、これは体の内側で行われるから内呼吸と呼ばれる。

白波 百合
白波 百合

ふむふむ。ならばその糖質を補充せねば幾ら酸素があっても体は動かないっすね!

それ以上にか?と山吹に問われて白波は口を尖らせる。全く昔の話で聞いた先輩はまだ可愛らしかったような気がする。生意気そうっすけどと白波は思う。

山吹 薫
山吹 薫

ここで重要なのは、単に呼吸は酸素と肺との関係では無い。という事だな。

白波 百合
白波 百合

聞いてみると沢山登場人物が出てきたっすもんね!口や鼻、気管や気管支、心臓と、心臓から肺へと向かう血管、細胞に向かう血管、細胞っすね!

山吹 薫
山吹 薫

人物かどうかは・・・判断はつかないが、重要な赤血球を忘れている。これらの要素で細胞へと酸素を届けエネルギーとしている事を忘れてはならない。全ての要素が関連してエネルギーを生み出す。そしてそこから逆に二酸化炭素が大体逆の過程を経て体外に排出される。

白波 百合
白波 百合

むー。単に息を吸って吐いたりするだけで難しいっす!いつもこんな小難しい事を考えてるんすねぇ。

プロだからね。と山吹は視線を文献に落としている。不思議と先ほどからページが変わっていないような気がするっすと白波は思った。

山吹 薫
山吹 薫

まぁ君の言葉を借りるなら、登場人物が分かったならその役割も知らなければならないな。それぞれどんな役割があるんだ?

白波 百合
白波 百合

えぇと、まず肺までの通路と肺が空気を取り込んで、二酸化酸素を外に出すっすね?そして心臓が酸素を取り込んで、、、あっ勿論血液の中にいる赤血球が酸素と結合するっすね?そして心臓が全身に血を送る必要が有るっす。その後に細胞に酸素を渡すんすね?

山吹 薫
山吹 薫

という事は、呼吸に関して言えば何も空気をどれだけ吸えるか、これは換気量だね。だけ考えてはいけないという事だ。そして血中酸素飽和度といった酸素化能力だけでも論じる事は出来ないとも言える。

白波 百合
白波 百合

うー話が込み入って来たっす!簡単に!簡単に!

ふむ。と山吹は腕を組んだまま右手を顎先に当てる。

山吹 薫
山吹 薫

まずは一つ一つその役割を見ていくか。その前に休憩だな。

白波 百合
白波 百合

よっ!待ってました!エネルギーを補充するっす!

デスクから近くにある戸棚の奥から菓子を物色しつつ白波は、先輩からこんな事を言い出すだなんて珍しい事も有るものだと考えた。

白波百合のノート 75

・呼吸は体外と交通する外呼吸と体の中で行われる内呼吸に分かれる。

・呼吸を考える時には空気の出し入れだけを考えない。いろんな登場人物と役割がある。

・先輩、ちょっと疲れているっすかね?

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。

【これまでの話 その①】

【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】

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tanakannaika|note
理学療法士でパーソナルトレーナーなブロガーです。また動画編集や過去には脚本執筆や演出、撮影、編集など多岐に渡って活動しておりました。楽しみながら学べる『内科で働くセラピストの話』を執筆中。

ちなみに千奈美さんの第一話はこちらから

その1 『伝えたいことを思い出せない』|tanakannaika|note
ここはとあるクリニックのリハビリ室。そこには僕こと、高橋を含めた4人のリハビリスタッフがいる。そしてそこの主任は千奈美さんであるのだ。 瞳と同じくらい小さな整った丸顔で、それに合わせて栗毛が緩く巻かれている。 そして業務の終わり、僕は千奈美さんから呼び止められた。 「高橋くん高橋くんちょっと待ってー!」 「そん...

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