伸びる西日は休憩室に長く差し込む。いつもと違うのは僅かに開かれたドアに逆光線のシルエットに奇妙に体を傾ける、丸い髪型と同じくらいに丸いメガネの人が立っているという事だ。そして可愛らしく悲鳴を上げた山吹薫もまた白波百合の目の前に居る。
でもどうしたんすか先輩?そんな可愛らしい声を・・・
いや。多分幻だ。日頃の疲れが祟ったんだな。
そうだな。お互い働き過ぎたな。今日はもう休もう・・・
・・・・
進藤守はドアに背を向け佇んでいる。だけどもその首筋にじっとりと汗を掻いているのが白波の視界に入る。誰かお客さんっすかね?白波百合はドアの方を振り返る。
あっすみません。何かご用ですか?
ご丁寧に有難う。少し学生の件でこの病院に用事があってねー。そして学生の件ではないけれど、ついでにそこの二人にもー。
あっ!学校の先生っすか!それはどうも失礼しました。どうぞ此方へ。
ご丁寧にどうも。と内海青葉は奇妙に体を傾けて休憩室のドアを開ける。随分変わった先生っすねー。と白波も合わせて体を曲げると、内海はふふふふ。と口に手を当て何処から声を出しているのか分からない笑い声を上げた。
内海さん!ご無沙汰しております。しかし・・・何で見た目が昔とまるで変わって居ないのですか?それに音も無く現れるのは止めてください。
此れは此れは全く気付きませんでした。ますますお元気そうで。
ふふーん。新人ちゃんも進藤ちゃんも成長したのは言葉使いだけかなぁー。失礼なんだからー。
えっ?えっ?お知り合いなんすか?初めまして!二年目の理学療法士の白波百合と申します!
あらあら初めましてではないけど、これはまた御丁寧に。そこの二人と違って良い子だねぇー。ってそうなんだよねー・・・昔の先輩かなー。今は学校の先生だけどねー。
先輩も進藤さんも真っ直ぐに固まっているっす・・・と二人を眺めつつという事はこの方は二人が元居た救急科の先輩の先輩セラピストなのだ!すごい人っす!何せこの二人が固まっている所など初めて見たっすから!と白波はわぁと声を出す。物語の中の人に出会った。そんな気持ちになった。
実習地訪問の合間に来てみれば新人ちゃんも相変わらずだねぇー。変わったのは見た目と言葉使いだけかなぁー。
内海先生・・・もう新人という歳では無いので、その呼び方はいい加減止めてください。
じゃぁ・・・『かおるん』
その呼び方はもっと止めてください。
それでは俺の事は『進藤さん』とお呼びください。
じゃぁ・・・・『まもるん』
がっくりと肩を落とす二人とそのやりとりを見て、白波はクスクスと笑いが止まらない。ちょっと変だけど良い人そうっす!と安心する。
それで白波さんはこの新人ちゃんの後輩さんかなー?
先輩が新人ちゃんと呼ばれるのは何だか違和感っすけど、そうっす!毎日ここで色々教わっているっす!
へぇーあの新人ちゃんがねぇ。苦労するでしょう?不器用で鉄面皮で本心なんて決して話さないからー
確かにそうっすけど!それでも案外見た目で分かりやすいから大丈夫っす!
あっはっはー。と笑い声を上げつつ内海は体をぐっと横に傾ける。思わず白波もそれに合わせて体を傾ける。それを見て山吹はデスクにぐっと体を埋めた。
まぁ先生もお忙しいでしょう。積もる話はまた今度に致しましょうか。進藤のお店を予約しておきますので。
ご多忙な先生ですからね。本日くらいはご自愛下さい。
残念ながらここが最後だから時間はあるんだよねー。それに・・・久しぶりに君達のお話を聞きたいなぁ。
・・・という事は先生の講義も聞けるんすか!?
喋るのはこの二人だよー。ボクはそれに口出しするだけだねー。
ちょっと待ってください。と声を上げる二人の声が聞こえていないのか、指を額に当てて内海は何かを考えている。
それじゃなテーマは『栄養管理』かなー。もちろん適切で安全な栄養摂取と運動負荷が大切だなんて事だけじゃダメだからねー。そうだなー。リフィーディングとオーバーフィーディング・・まぁ過剰栄養だね。その単語も含めて教えて欲しいなぁー。昔話したでしょう?それに可愛い後輩ちゃんの為にもねー。
ちょっと自分には難しい内容かもしれないっすけど・・・知りたいっす!
分かりました。それでは、『まもるん』こと進藤先生に語って頂きましょう。
そうですね。『かおるん』こと山吹先生が昔の様に語ってくれますよ。
相変わらずだねぇーと青葉は口を弛緩させる。そんな西日が翳り出して休憩室で白波は自分の気持ちが何だか楽しく飛び跳ねるのを感じた。
【〜目次〜】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
【総集編!!】
【これまでの話 その①】
【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】
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