白波は脈拍を測りながら首を傾げている。
どうもなんでこう馬鹿正直なのだと山吹はマグカップを傾ける。黒猫のプリントが目に入った。
それで何か分かったか?
先輩と話しても、もはや脈拍は正常っすね。
どういうことだよ。と山吹は答える。
それで心拍数と脈拍数が同じではないのはどう言うことっすか?
心臓から拍出された血液がここまで届いてるんすよね?
届かなかったらどこに行くんだ。確かにそこまで届いている。
じゃぁ心拍数と同じなんじゃないっすか?
それは違う。届かないこともある。
白波は眉をひそめて自分の手首を睨んでいる。まさか本当にどこかに消えている、そう考えているのではないかと山吹は不安になる。
心臓は一定のリズムで動いているだろう?それは整脈といって、sinus ryhthm (サイナスリズム)SRと略される。正常洞調律でもあるね。
英語は苦手っす!
心電図の勉強をする時の基礎の基礎だよ。そしてそれから逸脱した時のリズムはなんと言う?
流石にそれはわかるっす。不整脈っすね。
うん。そうだ。よく分かったじゃないか。
バカにしてるんすか?と白波は言う。山吹は聞こえていないように振る舞っている。白波はじっと山吹の顔を睨みつける。
そして不整脈だね。脈拍測定で不整脈の有無はわかる。
不整脈で怖いのは何だい?
えぇと・・・AEDが必要なやつっす。
それは何だったっけ?でもAEDが必要な事がわかるのは正しい。
またバカにしてるっすか?
いや褒めている。種類はわからなくても致死性の不整脈にAEDが必要だと理解できてるのは正しい。
なんだか褒められると気持ちが悪いっすねぇ。
結婚できないと言った事を気に病んでいるのか。と白波はちょっと気になった。
もし知らないと患者が死ぬからね。しかも増悪する原因の多くは・・・もちろん慢性的に緩やかな経過も多いけど、その多くは運動負荷だ。日常生活上に置いてもリハビリに置いても。万が一に起こる事だけど知っているのと知らないとでは全く違う。
山吹は何かを思い出しているのか、まっすぐと白波を見ている。まっすぐと瞳を覗かれて白波は
素直に頷く。
話を戻そうか。致死性の不整脈はもちろん死に繋がる不整脈だ。広義では心停止もそれだが。心室細動と心室頻拍。簡単に言うと心室が機能しなくなる不整脈の一つだね。心拍数は数で言うと150回から200回と震えるように心拍数がカウントされている。でも心臓は十分に収縮できない。ということはどうなる?
心臓から血が出せなくなって生きてられないっす。
そうだね。ならその時にいつものように脈拍はとれるかな?
心臓から血が出てないんで、もちろんとれないっすね・・・。
だね。だから心拍数と脈拍数は違う。確かに脈拍数から心臓の動きを予測するのは必要だ。但し定義を知っておかないと痛い目を見る。もちろんそれは患者がだ。もしリハ中に運動負荷により意識消失や脈が取れなくなったら、君が言う通りAEDを使う必要があるということだから覚えておくといい。
はい。と素直に白波は返事をする。それはあまり想像したくない。
そしてそれに繋がるのが心室性期外収縮と呼ばれる不整脈だね。これは心筋梗塞後に良く起こるもので、心室の機能が低下しているとも考えられる。
さて既に頭から湯気が出ていそうな白波君。これからさらに心電図の詳しい説明をしようと思うのだけどどうだい?
頭がパンクするっす。もうちょっとゆっくり教えてください!
うん。まさに君が今、機能の低下した心室だとしたら、それ以上の負荷で増悪するかもしれないね。ただえさえ機能低下しているのに更に働かせるとその頭は十分に役目を果たせなくなるかもしれない。
だから言い方ってものが!
前言は撤回しよう。白波はそう思った。でも同時に怖いと思った。
元々、そういった事がある人だったら、例えばウチが運動させ過ぎたら更に悪くなるかもしれないって事ですよね。
そうだね。まぁ心室性期外収縮だけではないが、それでも僕は日常の中でよく見る不整脈の割には一番怖いと思う。長期的に見るなら尚更だ。でも何も知らなければそうなる。だけども知っていれば運動の種類を調整する事で逆に生命予後は長くなる。
なんだかリハビリするのが怖くなるっすよ・・・。
それくらいが丁度良いよ。だからリハに入る前にその人の不整脈の種類を把握しておいて、その増減を常に念頭に置いておけば特に怖い事はないよ。
ほとんどは。と山吹は付け加えた。
もちろん。それではリハは進まない。だから次はどうあれば良いのかを考えようか。
ちょっと待ってください・・・糖を糖分を補給します・・・
そういって白波はふらふらと立ち上がり、ゴソゴソと戸棚を漁っている。そんな所には古いマニュアルしかないはずだが・・・山吹は訝しげにそれを眺めていた。
白波百合のノート⑥
・脈拍では心拍数を計れない。但し予測はできる。心電図を見る!
・致死的な不整脈は怖い。それに繋がる不整脈も怖い。だからどうすれば良いか考える。
・難しい話になればなるほど先輩はよく喋る。
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