進藤守の酒の席 その① 〜臨床で起こる誤嚥と御縁〜

アルブミン

週末の営業が終わり、進藤は一人カウンターに着く。

時刻はもう朝に近い。

明日が休みだとは言え、段々とそれも辛くなるのを感じる。

歳を取ったな。

進藤は一人の店内で、カウンターに寄りかかりながらグラスを傾ける。

まさか講義をするとは思わなかった。

西日の差し込む休憩室の、賑やかな日を思い出す。

そして真摯にノートに書き留める白波ちゃんと、合間合間で補足する山吹の姿も同時に思い出された。

臨床での誤嚥性肺炎は多い。それは身に持って感じている。

それも、入院直後ではなく、病状が落ち着いて回復期病棟で本格的にリハビリがスタートした時によく起こる。

言語聴覚士の数は理学療法士の数に比べると圧倒的に少ない。

故に多くの患者を理学療法士と共に抱える。

多くのパートナー達は良くやってくれる。

だけども時に、知らぬ間に食事の姿勢が不安定な車椅子座位と成っていたり、痩せているからと言う理由でカロリーが増やされている事もある。

数は少ないが確かにそれはある。

誰が悪いと言う訳ではない。皆が患者の改善を願っているのだ。

そして誤嚥し、再びベッド上での生活となる患者を見て何度も悔しい思いをした。

自分の力不足も多く経験した。

もういっそ辞めてしまおうか。そう思っていた時に出会ったのが山吹だった。

目付きは悪く如何にも自分以外を信用していないかのような、そんな表情だった。

そして、食ってかかるかのように、嚥下についての話を聞いていた。

いつしか言語聴覚士室に入り浸るようになり、いつしかこのカウンターで向かい合うようになった。

嚥下面について言語聴覚士に投げっぱなしにするような事もなく、むしろ誤嚥を防ぐような姿勢や呼吸方法など学ぶ事も多かった。

そうすると不思議と言語聴覚療法自体もスムーズに進んでいった。

何が大切なのかを分かった気がした。

それに・・・

進藤は笑みをこぼす。それに合わせてグラスの中で琥珀色の液体が揺れた。

チーム医療とは難しい。誰もが抱く思いは違う。

その思いが強ければ強いほど孤立する。

熱心であればあるほど、真剣であればあるほど孤立する。

俺や病棟に食ってかかる山吹がその後、指導者に説教とも論議とも取れるフィードバックを受け、完膚無きまで論破される。その姿もまた過去の日常の話だ。

その指導者は自分の肩より下ほどしかない身長で、南国の鳥を思わせる鮮やかな瞳のまま、鋭い視線を山吹に向けていた。

山吹を見上げているのに見下す様な、凜とした横顔を良く覚えている。

肩の下で長く揃えられた黒髪を揺らす指導者に、ぐうの音も出ないほど論破される山吹の、どこか可愛らしい姿が鮮明に思い浮んだ。

なんとも色々有ったものだと、進藤は笑みを再び零す。

そして今ではというと・・・

休憩室での会話を思い出して、進藤は堪らず吹き出した。

白波ちゃんはどうしてあんなに食いしん坊なのだろう。

何事も食べ物に例えようとするのはどうしてだろう。

それに加えて山吹も山吹で、それに真面目に付き合っている。

浸透圧の話が何故、白菜の浅漬けの話になるのだろうか。

白波が1年目の時に何を体験したのかも知っている。

そして山吹が今まで何を体験したのかも知っている。

だからこそ、後輩指導に悩んでいる山吹を見て心配はしていた。

だけども上手く行っているじゃないか。そう感じた。

あの刺々しくて、どこか痛々しい姿はどこに行ったのやら。

・・・歳を取ったな。

進藤はそう考える。どこかで朝の音が流れ始めている。

さて片付けるか。

進藤はカウンターから身を起こす。カタリと溶けた氷がグラスに当たり、乾いた音が店に響いた。

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