店に着いたのはもう夜中に近い時間であった。
やはりここに来ると落ち着く。まぁ実家だからなと重い木造りのドアを開ける。
薄暗い店内に広がる黒い一枚板のカウンターの向こうには種々の色をした酒瓶が並んでいる。
王冠の形をした酒瓶を取り出し自分のグラスに注ぐ。
琥珀色の液体は注ぐ速度に比例してゆっくりと波打つ。
薫が昔話なんかするから、俺も思い出の中に足を踏み入れてしまったではないか。
進藤は店内をゆっくりと見渡す。そこには当然自分一人しかいない。
賑やかな夜はもう過去の話なのだ。
ガハハと笑い薫の肩を掴んで離さない屈曲な体躯のセラピストも、
そんな薫をいつまでも新人くんと呼ぶ、語尾を伸ばす癖のあるセラピスト。
そしてそれを宥める穏やかな目をした女性のセラピスト。
それをカウンターの向こうで眺めていると何とも賑やかな気分になったものだ。
そして成人しているかも怪しい、小柄で童顔な指導者。
主任と呼ばれる女性もまたそこの輪に加わっていた。
そしてこの王冠の形をした酒瓶を片手に唯々笑っていた。
賑やかな喧騒は穏やかな空気となってこの店の中に霧散している。
そこに手を伸ばそうとしてももう届かないのは分かっている。
だけどもその喧騒をまた求めているのは俺もまた同じかもしれない。
進藤はグラスを傾ける。そこに過去の情景を映し出すように。
冬が来る。そんな事を考えた。
指導者が消えてチームは当然のようにバラバラとなった。
また一人、また一人と離れていき、薫と共に病院を変えた。
昔の思い出から逃げ出すように。
逃げ出した先には何もないと言うのに。
進藤はふと白波のノートを思い出す。使い込んでいるのか端々がボロボロになっている。
そこにはきっと山吹の言葉が沢山書き込まれているのだろう。
そして指導者の言葉もまた山吹の心の中に書き込まれているのだろう。
あの喧騒の日々に流れる音と共に。
そういえば口調も指導者と似てきたな。
グラスに注がれた琥珀色の液体には過去が浮かんでいる。
それは古ぼけた写真のような色で、穏やかに揺れていた。
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