離床の話 その④ 〜実際の離床をどう進めるか〜

離床

これはどういう事なんすかね・・・白波は自分に割り当てられた患者様の名前を見て驚く。

それは、ずっと、どうしたら良いか考えていた先輩の元患者様の名前だった。基本的に所属する病棟の違う患者様が割り当てられる事は無い。だから先輩もこの人のリハビリを行えなかった。どうしたら良いかは分かっているのに。

沢尻 悠
沢尻 悠

ゆりちゃーん!忙しいのにごめーん。人手が足りなくてさー。

白波 百合
白波 百合

沢尻さん!?これはどうして・・・・

沢尻 悠
沢尻 悠

ん?人手が足りないから特別に援軍を頼むよー。上の人もしょうがないって言ってたし大丈夫!

白波 百合
白波 百合

なら自分より先輩を呼んだ方が・・・・

沢尻 悠
沢尻 悠

薫さんを!?あんな皮肉屋鉄面皮さんをだって!?そんなのより可愛い子が来てくれた方が良いじゃん!全世界の願いだって!

大袈裟に両手を広げて沢尻は白波に目配せをする。白波はハッと目を見開き大きく頷く。その意図は言葉にせずとも伝わった。

そして白波は病室へ急ぐ。ポケットは用意したバイタルサイン測定用の器具で一杯になっている。

病室には細長い不健康そうな目つきの、見慣れた言語聴覚士が居た。

進藤 守
進藤 守

丁度、言語聴覚療法が終わった所だよ。口腔ケアは終わってるし、ちょっと覚醒も上がったね。循環は落ち着いているけど、ただ肺の後ろに空気が入っていないようだ。・・・この人を起こしてくれるかな?

白波 百合
白波 百合

進藤さん!みんなしてどうしたんすか!?

進藤 守
進藤 守

何って、・・・いつも通りのリハビリテーションだよ。

進藤はそう言って病室を後にする。こちらを見ずに右手だけを挙げていた。その後ろ姿に白波は頭を下げる。そして患者様の方を向くと目は薄っすらと開いている。

さてと・・・と白波は腕まくりをする。

白波 百合
白波 百合

・・・(カルテはもう十分に見たっす。循環動態は落ち着いていて血栓も出来ていないっす。ちゃんと車椅子に起こしていく段階っす。

白波はバイタルサイン測定セットを取り出してバイタルサインの確認を行う。

白波 百合
白波 百合

・・・(ちょっち血圧は低いっすから起こす時には注意っすね。起こす前に足のストレッチをしっかりやるっす。他の数値は安定しているっすけど、確かに後ろの肺の音が弱いっす。目ももう少しで開きそうっすね。)

さて、と白波は気持ちを決める。これは離床を行う段階っす。白波は一度病室を出てマッサージチェアに車輪を付けたようなリクライニング型車椅子を用意する。

白波 百合
白波 百合

さてさて一緒に起きてお散歩するっす!そしてしっかり目を覚ましましょう!みんな待ってるっすよ!

車椅子をセッティングして、患者の首を元に手を回す。細くてそして暖かい。手足は少し硬いけれど手はしっかりと白波の袖を掴む。

いくっすよ。白波は患者様にベッドに支えて座ってもらう

白波 百合
白波 百合

ほら!ちゃんと座れたっす!そして・・・血圧も下がってなくて、脈拍もそんなに変わらないっす!

これでようやく離床っす。そう思った矢先に患者は身じろぎをする。予想外の動きに、およっ?と白波の体制も崩れる。

白波はベッドからずり落ちそうになる患者さんを全身全霊の力で支える。

白波 百合
白波 百合

これは・・・まずいっす・・・

山吹 薫
山吹 薫

阿呆!このまま車椅子へ移乗するから手伝え。

白波 百合
白波 百合

・・・はいっす!

後ろから山吹が支え、車椅子へと患者さんは腰掛ける。そして姿勢を整えると白波はホッと息をついた。

山吹 薫
山吹 薫

意図せず転倒や転落のリスクがあるから過剰でもしっかりと介助するようにと伝えたはずだが?

白波 百合
白波 百合

すみません。申し訳ないっす。

白波は山吹の顔を見れない。自分の力を過信して、患者様へ危うく大変な事をしてしまう所だった。

山吹 薫
山吹 薫

最初の離床を行う時には十分に注意をしなければならない。一番事故が起きる時だ。・・・これで良くわかったな?

白波 百合
白波 百合

はいっす・・・

白波はチラチラと患者の状態を確認しつつ頭を垂れる。患者様は落ち着いて座っている。

だけども正直・・・・気を抜いたら泣いてしまいそうな。そんな気分だった。

山吹 薫
山吹 薫

・・・でもありがとうな。嬉しかった。

白波 百合
白波 百合

うへ?

聞きなれない言葉とともに、頭の上に乗せられた山吹の右手から伝わる暖かさに白波はその身を固くする。そして患者様の方を見ると、こちらを向いて笑っていた。

白波は患者様の正面でその目を合わせて声を掛ける。

白波 百合
白波 百合

ほら!覚えているっすか!?前に担当していた、いつでも不機嫌そうな山吹さんっす!

山吹 薫
山吹 薫

だから一言余計だ。ご無沙汰しています。調子が落ち着いたようで何よりです。

山吹は頭を下げて挨拶している。患者様の目はまだ朧げである。だけどもしっかりと山吹と白波を見ていた。

山吹 薫
山吹 薫

さて短時間だけども離床できたから、次からも離床は継続できそうだな。

白波 百合
白波 百合

でもちょっと疲れておられるので、横になってもらいましょう。今度は手伝いよろしくっす。

山吹 薫
山吹 薫

もちろんだ。次からは最初に声をかけるように。

白波 百合
白波 百合

うっす!

ベッドに横たわる患者様は少し疲れていても笑顔に見えた。次はご家族さんが居られる時に離床しなきゃっすね。と白波は思う。そしてちらりと山吹の顔を見る。その顔は優しい笑顔のまま患者様の顔を眺めている。

その顔と患者様の顔を見て白波もまた笑顔になった。そして頭の上に残る温もりに自分の手もまた重ねてみる。

そして離れたナースステーションで、ヒヤヒヤと眺めていた二人はホッと胸を撫で下ろす。

上代 葉月
上代 葉月

とりあえず上手くいったみたいだね。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

ヒヤヒヤしたわぁ。ほら山吹さん呼んで来て良かったやろ?。

上代 葉月
上代 葉月

百合が一人で離床しようとしてる事を伝えたら、血相を変えて走っていったな。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

あの人もあんなに速く動けるんやねぇ。

上代 葉月
上代 葉月

でも・・・良かったな。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

うん。ほんまに良かった。

この礼は今度奢ってもらう事で解決しよう。二人は顔を見合わせそう頷きあった。

白波百合のノート 42

・初めて離床する時には必ず介助量を大きくして、できれば先輩を呼ぶ。

・初めて離床する時には何が起こるか分からない事をしっかりと覚えておく。

・先輩の右手は暖かかった。

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