今日は楽しかったねぇー。
内海青葉は山吹薫の働く病院から自身の部屋で書棚を整理する。
部屋と言っても大学で理学療法を教える傍らに割り当てられた部屋である。
自分の部屋がこうやってあると便利だよねぇ。
内海は窓辺に並ぶ観葉植物に触れる。
生き物に触れるとき不思議と暖かい。それは表面の温度とは別の何かだと思う。
大分大きくなったねぇ。そう思いつつ葉を撫でる。
それは決して観葉植物に向けられたものではない。
かつての後輩とかつての生徒の成長を見れたから。
そう思うのだろうと感じる。
昔から何かを育てるのが好きだった。
自分が育てているという感覚よりも育った先に自分の見えないものを見せてくれるから。
だからきっと今は臨床を離れて教職の道を選んだ。
思い返せばリハビリテーションという道を選んだのも、その思いがあるからかもしれないと内海は思う。
それにしてもねぇ。と内海は体を大きく横に傾ける。
まさかあの主任ちゃんと同じ名前の白波百合が、あの新人ちゃんの下で学んでいるとは、それにかつて主任ちゃんが新人ちゃんに教えたような形で、昔話をなぞる様に教えている。
あの新人ちゃんがこうも後輩に熱心に何かを教えるとは思わなかった。
そしてよく授業中に居眠りしていたあの白波ちゃんもまた、あんなに熱心に学んでいるともまた思えなかったから正直な所二重に驚いた。
人って変わるもんだよねぇ。教えて育つ。それが教育であるのだけど、教えずともまた人は成長していく。緩やかに育つ植物のように。
進藤ちゃんもすっかり落ち着いていて昔のようにはしゃぐ事もないようだし、年は取るものだねぇと改めてそうとも思った。
そして同時に心配にもなる。
新人ちゃんのデスクに大切そうに置かれた黒猫のマグカップや、昔は飲まなかった主任ちゃんの大好きなインスタントコーヒーの香り。
いつまでも過去に囚われている。そうとも思った。
過去に囚われつつ主任ちゃんの後を追って、多分その答えを見つけようとしている。多分それに気がついていないのは新人ちゃんだけなのだろうとも思う。
ひょっとしたら気が付いていて、その思いにその身を委ねている。
そうだったら余計に危ういと思う。
それに自分は実際知っている訳ではないけれど、主任ちゃんが居なくなった理由を分かっている。推測の域は出ないのだけど、それでも確かにそれは分かる。分かってしまっている。
主任ちゃんが姿を消して、そして自分も教職の道を選んだ。それは決して主任ちゃんが消えた事と無関係ではないだろうとも思う。
思い出に囚われているのもまた自分も同じかな。
内海は再び観葉植物の葉を撫でる。
もしその確実な推測を新人ちゃんに教えたとして、どうなるかを想像してみる。
だけどもそれは決してやってはいけないような気がする。
教える事は出来る。だけどそれを知ってしまうと新人ちゃんは今の新人ちゃんで無くなってしまうから。
そうすることはとても残酷な事は思うし、きっと新人ちゃんは主任ちゃんを恨んでしまう。それだけは避けたい。あの二人だから。あの二人だったから。
まぁでもまだ先の事なんて分からないよねー。と内海はメガネを外してデスク置いた。ぼやけた視界はまるで夢の中のように揺らいでいる。
まったくいつになっても困った主任ちゃんと新人ちゃんだとため息を吐く。
だけども緩やかな速度で新人ちゃんも成長している。そして自分の後を追う白波ちゃんの姿を見て何かまた変わるのだろうかと想像してみる。
いや、もう随分と変わっている。それもとても良い方向に。
やっぱりもう気軽に新人ちゃんとは呼べないなー。
内海は若干の寂しさを胸に感じながら腰に手を当て大きく体を奇妙に捻る。
まぁそれでも様子は見といてあげるかなぁ。
内海は再び観葉植物の葉を撫でる。冷たい葉の表面の中に、確かな温もりを感じながらそっと撫でた。
【〜目次〜】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
【総集編!!】
【これまでの話 その①】
【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】
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