しかし驚いたな。と進藤守は腕を組んだまま、奇妙に体を傾ける内海青葉を眺める。そして記憶の奥底に残るその姿から、微塵も変化していないその風体にため息を吐く。

どうしたのかなー進藤ちゃん?昔はもっと明るく元気でハツラツとしていたような気もするけどー。

大人になっただけですよ。それで在宅で必要なエネルギーを摂取するためには段階的な関わりが必要だという事はわかりました。入院される患者様もまた必要なカロリーを取れずに痩せている人もまた多いので、やはり現在よりももっと問題視される必要もあるのでしょうね。

へ?明るくハツラツとした進藤さんは何だか想像できないっす。大人になったんすねー!確かにご自宅で痩せていきながら、やがて普段と同じ動きが出来ずに転倒してしまう。そうならないように昔の自分と比べながら気を配る。精神的な配慮やサポートもまた必要っすね!

ただ進藤は歳をとっただけだろう。だけども白波くんが言ったように全ての人が栄養に関する知識がない訳ではないだろう。むしろ食べなければ体調を壊すのは誰でも知っている。全ての人が加齢に伴い食欲が低下して痩せてしまって病気になって入院する訳ではないよ。
さっすが新人ちゃん!と内海に指を向けられた山吹薫は眉を潜める。それを見て白波百合はクスクスと笑みを漏らしている。いつになったら新人で無くなるんだろうなと進藤もまたフッと息を漏らす。

そうだなー。例えば回復期病棟の患者さまの4割は低栄養!って有名なデータがあるよね?そしてそれに類似するデータもまた色んな病院から発表されているのー。だけども勘違いしないで欲しいのは、これが元気だった人が入院中に低栄養になってしまう事と、入院する前から低栄養だった人、大きく分けるとこの二つに分かれるって事かなー。

はいっ!それは前に進藤さんと先輩から教わったっす!現状では急性期病院で長期間の治療が必要になった人が回復期病棟に転院する事も多いっすから!元々入院する前から低栄養な事も多いっす!後は当然、低栄養の結果受傷する人も多いっすからその結果だって!

二人が後輩を指導するようになるなんてボクもこんなに歳を取る訳だねぇ。それに回復期病棟は重症患者を一定数受け入れる事も必要だからそれも合わせた結果だねー。だけども入院中に低栄養になる事もあるよねー。果たして何故だろう?ボクには分からないなー!

どうせ知っているでしょうに・・・合併症ですね。入院中の加療中やリハビリの進行と共に生じてしまった合併症。なんらかのそれで更に加療を強いられて廃用し、結果として低栄養状態に陥る。もしくは少なからず最悪の結果に至る事もある。そういう事ですよね?

まぁ例えるなら運動負荷や生活強度の急激な上昇に伴う心不全の増悪、摂食機能障害とリハビリテーションの進行に合わせた誤嚥性肺炎やそれによるCOPDの急性増悪、活動度の増加に伴う転倒骨折。そういう事ですね?あまり考えたい事ではないですが。
かつてのあの病棟で自分と薫はこうやって主任や内海、他のスタッフとともにこうやって話していた。そこに白波もいたらこういう風になっていたのかな。らしくもないと進藤は首を一度振る。

あまり考えたくはないけれど、重症の患者様を受け入れる必要があるからこそ、起こる事でもないねー。当然求められる事ではあるけれど、みんながみんな、急性期から回復期、そして在宅といったスペシャリストという訳ではないからねー。

でもでも、入院中に起こる合併症は出来るだけ防がなければならないと思うっす!やっと急性期で治療がひと段落して、それなのに回復期で弱っていく患者様を見なければならないのはとっても辛い事っす!家族も自分たちも。

当然それはそうだ。だけども現象としては確かにある事だな。あぁでもそうか・・・何も単純な食事量の低下だけが低栄養のリスクではありませんでしたね。

そうだな。もちろん活動量の増加に伴う必要なカロリーの増加もあるだろうが。合併症や慢性疾患の急性増悪による更なる必要カロリー数の増加、まぁ体を治すためのエネルギーという訳だが、それも合併症が生じると跳ね上がる。そして元々そうなってしまうのは重症患者様が多いから、尚更ですね。

ふふーん。あくまでボクの考えだけどねー。回復期病棟での低栄養は元々のサルコペニアや食事量の低下や、重症患者、そして合併症の罹患に伴うものが多いと思うよー。そしてまぁ昔研究したんだけど、特に新規合併症の罹患と栄養状態の悪化は相関するし、そしてアウトカム。その大多数が在宅復帰が困難だったのー。まぁ我ながらまだ研究の余地や課題はまだまだある内容だったけどねぇ。
ふむと薫は顎先に指を当てる。何だか昔のような表情をしていると進藤は思った。それはまた自分も同じ事だろうとも思う。

じゃぁじゃあ!えぇと、病棟で起こる事は在宅でも当然起こる。病棟で出来ない事は在宅でも出来ない事が多いって教えてもらったっす!という事はこう言った事は在宅でも起きるって事っすか?

なつかしー誰の言葉だったっけ?つまりはそういう事だねー。在宅における低栄養のリスクは様々な理由からの食欲の低下、の他にも新規の疾患や合併症の罹患や慢性疾患の急性増悪もまた大部分を占めると思うんだよー。だからその部分の指導や対策も必要。セルフコントロールが難しい人も多いから、その点は入院中から対策を講じておく必要があるのー。

岩水静さんが言っていた事ですよ。まぁあの人も大して変わっていないでしょうが、そう考えると病院から在宅へ繋がる際にもその連携が必要ですね。別々に考えてしまう事でもありますから、ちゃんと繋げて考える必要があるな。

必要なエネルギーを摂取する必要があります。必要なエネルギーを摂取する必要があります。だけではなく、こう言った理由で低栄養が生じていますので、こういった介入が必要です。という事だな。それが社会的背景か心理的なものか、そして合併症や慢性疾患によるものか。という事だな。

でも食事量や運動に関しては患者様本人でも分かる事っすけど、その疾患やそのコントロールについては分からない事も多いっすし、個人差も大きいっす!とにかく臨床での合併症予防は必須っすね!とにかく回復していく段階では。
だねー。と内海は笑みを浮かべる。昔からこの人の事は良く分からないけれど、その分厚いメガネの奥底では深く深く物事も見ている。そんな内海が体を大きく傾けて、自分の顔を覗き込んでいる事に気がつき進藤もまたうひゃぁと声を上げた。
白波百合のノート 104
・食事量の低下だけが低栄養の原因ではない。合併症もまた重要なリスク。そしてそれは入院中にも起こる。
・慢性疾患の急性増悪もまた大きなリスク。それはリハビリテーションの進行に伴い併発する事もあるリスク。
・元気になっていくはずの患者様が、衰弱するのを見るのはもう嫌だ。
【〜目次〜】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
【総集編!!】
【これまでの話 その①】
【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】
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