水分出納の話 その③ 〜体に過剰に水分があると起こるリスク〜 【山吹薫の昔の話】

山吹薫の昔の話

すっかりと辺りは夜の帳に包まれている。その中でやや低くしっかりと通る笑い声の響きが、何とか納まろうとしていた。

山吹 薫
山吹 薫

笑いすぎですよ。そんなに面白かったですか?

石峰 優璃
石峰 優璃

すまんすまん。余りに予想通りの返答だったからついな。

涙が出るほど笑うことか。口を盛大にへの字に曲げて山吹薫は腕を組んでいる。

山吹 薫
山吹 薫

それでその溢水(いっすい)とは何ですか?

石峰 優璃
石峰 優璃

それは読んで字のごとくだよ。体の中に水が溢れてしまう。それも過剰に。脱水とはまた逆の状態だな。そちらもまた重大な問題だ。

山吹 薫
山吹 薫

確かに水分が排出できないと色んな所に問題が出そうですが・・・上手くイメージ出来ないですね。

石峰 優璃
石峰 優璃

まぁ先ずは何故そうなるのかだな。それは先ず腎臓での血液が濾過が十分に行われない時に生じる。

ふむ。と山吹はその視線を天井へと移す。腎臓は血液を濾過して尿を生成し老廃物とともに体外へ排出する。そうやって過剰な水分が排出されるから、異常となるのはその逆だ。

山吹 薫
山吹 薫

腎不全を呈している時でしょうか?

石峰 優璃
石峰 優璃

半分正解だな。もちろんそれもある。腎臓の糸球体という小さな毛細血管を通ることで、血液は濾過され尿が生成される。その糸球体が広範に障害され腎機能が不全を来した時、体に水分は過剰に溜まる。

山吹 薫
山吹 薫

それは想像できます。もう半分は何ですか?

石峰 優璃
石峰 優璃

腎臓まで血液が送り届けられない時だな。心臓の機能が著しく低下していても体に体重が過剰に貯留する。心臓の機能が何らかの要因により長年に渡って障害されて、心不全という状態を来した時にそれは生じる。

石峰はゆっくりと右の人差し指を伸ばして、山吹のちょうど心臓の位置を指差す。それに合わせて山吹もまた自分の心臓に手を当てる。

石峰 優璃
石峰 優璃

血管の中に過剰に溜まった水は血管の外に漏れ出す。流れの遅くなる毛細血管に顕著であるから、心臓から遠い掌や立って生活しているならば、足のむくみとして自覚することが多い。もちろん体重も短期間でかなり増える。

山吹 薫
山吹 薫

確か、腎臓は血液が来ていないと血圧を上げようとするホルモンを出すのですよね。

石峰 優璃
石峰 優璃

そしてさらに心臓に負担が掛かる堂々巡りとなる。そして心臓がいくら強く脈打っても、その先の道が混雑していたらその前の臓器にも水が溜まる。

山吹 薫
山吹 薫

それで肺に溜まる。肺水腫という訳ですね。

石峰 優璃
石峰 優璃

そうだな。その状態だとうまく酸素も取り込めないし、そもそも取り込んだ酸素を必要とする場所に送り届けることも難しい。そしてそれは肺の間質、細胞と細胞との間まで漏れ出し時に気管を狭窄させる。二重三重に息苦しくなるという訳だ。

山吹は自分が溺れている情景を思わず想像する。厳密に言うと違うと思うが、きっとそれに近い状態なのだろう。

山吹 薫
山吹 薫

なら今度は脱水とは逆に、体の水分をどうにか体外に排出しなければならなくなるのですね。

石峰 優璃
石峰 優璃

そうだな。心臓が原因であれば、かつては心臓を強く収縮させる方法がとられていたが、それでは心臓自体のダメージもまた増える。よって今の多くは心負荷を減らすために利尿剤といった体の水分を排泄する効果のある薬剤が処方される。

山吹 薫
山吹 薫

それでもそもそも腎臓に障害があったらどうなるんです?

石峰 優璃
石峰 優璃

高度の腎不全の場合には透析となることになる。定期的に体の外で老廃物を処理し水分を引く必要が有る。

溺れている状態から助け出す。その水分を体外へと出して、深い水の底から顔を出せた気分になるなと山吹は大きく息を吸う。

山吹 薫
山吹 薫

体に水分があり過ぎるのも何だか苦しいものですね。

石峰 優璃
石峰 優璃

しかし逆に交通外傷後や心臓外科手術中に、血圧を維持するために大量の補液が必要になる場面もある。各臓器が許容する範囲ではあるけれどな。だけども日常生活で急に体重が増えだして、いつもと同じ生活をしているのにも関わらず極端に息が切れ出す。そんな時は問題だ。かかりつけの医師に相談する必要が有る。

山吹 薫
山吹 薫

四肢の浮腫なども注意ですね。指で押さえて跡がつかない事を確認しなければいけませんね。

石峰 優璃
石峰 優璃

高度であるとその跡すら付か無い事もあるから注意だな。

なるほどな。と山吹はちらりと石峰が見ているカルテを横目で覗く。心臓外科術後の患者のカルテだ。悔しいけれど何が書いているかは今の自分では理解はできない。

山吹 薫
山吹 薫

なるほどですね。しかし心臓と腎臓、この二つはとても関連が深いのですね。

石峰 優璃
石峰 優璃

心腎症候群と呼ばれる事もあるくらいだからな。主疾患が異なっていてもその二つは常に意識をしていなければならない。もちろん循環動態が変化するから他の臓器もだな。

山吹 薫
山吹 薫

結局全部見なければいけない・・・という訳ですね。

石峰 優璃
石峰 優璃

そのために各検査項目があるだろう。得手不得手はあっても見る事は必要だ。

カルテに記載されている事は学校で学ぶ。しかしカルテをどう読むかは臨床に出てからの最初の山場だ。こればっかりは経験だな。と山吹は思う。

石峰 優璃
石峰 優璃

さて、君の判断で私は溢水の状態になっている。そしてまぁなんらかの治療が行われている訳だが、もし私がそう成ったとして君は私に何ができる?

山吹 薫
山吹 薫

循環動態が不全であれば、治療が落ち着くまで安静にさせますね。

石峰 優璃
石峰 優璃

ほうほう。そうかそうか、ならばその治療が落ち着く頃には、私はすっかり衰えて日常生活は送れなくなるなぁ。

全くこの主任は!と声を荒げて口をへの字に結んで見せる。そして石峰は全くこの新人は・・・と溶けるように柔らかい微睡んだような声色でそう答えた。

山吹薫の覚え書 10

・溢水とは体内に水分が多量に貯留して生じる。

・原因の多くは心臓と腎臓にあって、体重な急な増加と倦怠感が強くなったり息切れが見られたら要注意

・僕は主任に何ができるのだろうか。

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』

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