少しだけ休憩室の空気が慌ただしい、鳴り響くコールと共に駆けて行った山吹薫に留守番するように頼まれて、白波百合はソワソワと落ち着かない。すると大きな音を立ててドアが開く。
百合!あの人どないなった!?
大丈夫なの?びっくりして咲夜と一緒に来ちゃったけど・・・ここに来れば分かるかなって。病棟はバタバタしてて行けないからさ・・・
まだ分からないっす・・・
そう・・・と上代葉月と坪井咲夜は互いに顔を見合わせる。鳴り響くコール。それはエマージェンシーコールだ。回復期病棟で急変した患者さまがいる事をそこでは知らせていた。三人で落ち着かない時間を過ごしていると、疲れた山吹が休憩室に顔を出す。
どっどうだったんすか!?
まぁなんとか心拍は再開。ROSK(心拍再開)までは3分くらいだから、まぁ大丈夫だろうが。しばらく様子は見ないといけないな。覚醒も遷延している
そうなんやな・・・リハビリ頑張っていたのにな・・・
でも!なんとか助かってよかったね。やっぱり回復期病棟でも急変ってあるんだね。
そうだね。と肩を落として顔を見合わせる三人に、山吹は椅子に腰掛け足を組む。そして一度息を吐いた。
まぁ急変というものは当然治療中である集中治療室や一般病棟で良く起こるイメージだが、そうでもない。むしろ回復期病棟や施設入所中、そして在宅でも良く起こる。むしろその急変事態が疾患の発症でもあるから、むしろその方が多い印象もある。
急変っすか、言葉はどこでも良く聞くっすけど、やっぱり体験はしたくないっすよね。
そうだよね。でも今回みたいな事もあるから余計に知っておかなければいけないと思うの。
そやな・・・急変って事はつまりが合併症の発症という事やろか?なんかでもちょっと違うような気もするけれど。
白波は両手をぐっと胸の前に握る。ここに来る前の事が鮮明に脳裏に浮かぶ。横たわる元気にリハビリをしていた患者様、静かに鳴るモニター、言葉なく項垂れる患者様の家族・・・
急変に関しての知識は医者や看護師以外にも僕らは知っておかなければならないよ。急変という言葉からみると、その言葉の通り急に様子が変わる事という事だな。そしてそれは病院では悪い方向にという事になる。
例えば今まで元気だった人が急に状態を悪くするって事っすね。
胸の痛みを訴えたり、動くのが辛くなったり、そしてその背景にはなんらかの原因があるという事ですね。
そして今回の方みたいに急激に呼吸状態を落として、心肺が一時的に停止する。って事になるんやな。
急変のイメージは確かに心肺蘇生に付随するようなイメージでもある。だけどもそこまで状態を落とさなくても、何かいつもとおかしい・・・その程度の感覚の時点で急変の予兆、もしくは急変の最初期だと思っておいた方が良いと僕は思うよ。早期発見と早期治療は在宅でも施設でも病院でも同じだ。
そうっすよね。と白波は返事をしながら昔の自分、いや今の自分でもかつての患者様に何か出来たのかはわからない。いや昔より分かるからこそこうやって鮮明に思い出す。
急変と新しい疾患の発症、原疾患の進行と新しい合併症の発症はいずれもオーバーラップしているよ。だから最初はもちろん原疾患の進行もだが何か新しい疾患が発症したのかもしれない。それを念頭にフィジカルアセスメントを行う必要がある。もちろんそれは患者様の意識がある段階であるが、意識を失っていたり急を要する・・・血圧の低下や急激な徐脈といった事かな、その時にはとにかく人を集める。すぐに挿管しCPR(心肺蘇生
法)を行う事例もまぁ少なくはない。
確かにそうっすよね。そのタイミングでは自分一人では何も出来ない事もあるっすから。
そうだね。でももしこれが介護施設や自宅で行ったのなら、特に医療従事者が居ない在宅での介護中だったらどうしようか分からなくなるよね。
地方自自体や消防署なんかでも定期的にセミナーや研修あるらしいけどなー。日頃からそこに参加してって・・・難しいもんもあるもんなぁ。
ちょっとだけ休憩室の空気が重い。それはまた自分の心も同じだなと白波は思う。だけども昔と違うのは頼るべき先輩が居る事だなと思う。
なら自分たちはどうしたら良いんすか!もちろん心肺蘇生法は理解しているつもりっすけど・・・
ふむよろしい。だけどもそこに至るまでのプロセスが一番大切だと僕は思う。何事にも予兆はあるし、無論突発的な事もあるが、そのプロセスを理解しておくと防げる急変もまたある。発症の予防は何も新しい疾患だけではなく急変に対してもまた必要だ。
なるほど・・・急変は予測ができないから起こったら仕方がない・・・みたいに思いそうですけど、考えてみればちゃんとそこにもプロセスがあって早めに気が付けば防げるって事ですね!さすが山吹さんですね!
確かになぁ。特別な手技を用いずに知っているだけで防げる事もまた多いしなぁ。よっしゃ!今日も教えて♪薫様!の時間や!
なんだその時間と呼び方は。勝手に作るな。
だってそうやんー!と嘲る坪井に山吹はため息を吐く。それに白波は笑みを漏らす。過去は変えられないけれど、きっと前に進む事でその解釈は変える事は出来る。よし!と白波は大きく伸びをした。
白波百合のノート 107
・急変とは突然起こるものではなく、その予兆やそれが生じるまでのプロセスがある。よってそれを知る必要がある。
・もし重篤な急変時には一人で対応しない。あれ?おかしいな?という程度の感覚でも急変の予兆かもしれない。
・今は先輩が居るっす!昔のプリセプターみたいな人とは違うっす!
【〜目次〜】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
【総集編!!】
【これまでの話 その①】
【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】
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