なんともまぁらしくない表情をしちゃって。と高橋美奈は内海青葉の教室に備え付けられたソファーに体を預けながら、なんだか物憂げに視線を伏せている山吹薫を眺める。
それでよくみる不整脈の話だったわね。たっくさんの数があるから分けて覚えるのが良いかもね。まずは良くある不整脈からって感じかなー?そうやって薫ちゃんも勉強したんじゃない?
そうですね。まずカルテで良く見るものから学ぶ。何事も学べば学ぶほど果てしないですから。
そんなもんだよねー。学校で教えてていてもそう思うからねー。学んですぐ使う。それから深めるっているプロセスが大切かなー。
昔と変わらずに奇妙に体を曲げる内海を横目に見ながら、随分と立派なお部屋をもらっちゃってとスナック菓子を高橋は口に運ぶ。
それならまずは心房細動かなー。これは読んで字のごとく、心臓の上のお部屋、主に血を一旦貯めて、血を送り出す下のお部屋、心室に送り出す部分だね。そこが細動、つまりはブルブルと震えちゃうって事だね。
そうですね。よって、心電図上では心房の活動を表すP波、つまりトゲのような波形の前にある、小さな小山の数がギザギザと震えるような波形になりますね。
そうだねー。臨床での特に高齢者の患者様は合併している事も多くて原因は数あれど加齢の影響も大きいさー。他にも脱水症状などでいつもより過剰に心臓が動かなければならない時かなー?それで一番注意しなければいけないのは突発性の心房細動だねー。なんでだったっけ?
それは知っているでしょう?心房細動の恐ろしい所は、うまく心臓の中で血が廻らない、血をためる心房がうまく働かない事で、心臓の中に血栓が出来ます。そしてそれが肺に飛ぶと肺血栓症、脳に飛ぶと脳梗塞。どちらも命を失うリスクがある合併症を引き起こします。
それで多くの人が心房細動と診断されたら血をサラサラにして、血栓が出来難いお薬を飲むんだけど、初発の時にそれを飲んでいるって事は少ないからね。だから持続性でも、慢性的な心房細動ではなく、突発的な心房細動には注意って事だわね。
自分では感情を隠しているつもりだろうけど、こうもまぁ分かりやすいなんて相変わらず可愛いわね。と高橋はそう思う。前に白波百合ちゃんが言った通りね。とふっと息を漏らす。
そしてそうね、今は心房のお話だけど、次は心室の不整脈、これは心室性期外収縮って呼ばれるわね。波形上は大きなトゲの部分が広がって見えたり、いつもと違う波形を表すの。
心電図は心臓が収縮する時に生じる電位を拾っているものだからねー。そして横軸は時間を高さは強さを表したりするー。よって大きなトゲが広がって見えるのはそれだけ心臓が血を送り出す時間が長くなるって事だねー。他の不整脈にも言える事だけど、不整脈が生じるタイミングでちゃんと脈が触れるかも要チェックさー。触れてないと不整脈の影響で血圧が保てないって事にもつながるしねー。
そして心室性期外収縮、まぁ血を送り出す心臓の下の部屋、心室の不整脈に共通する事ではありますが、特に注意して観察は必要ですよね。そして運動負荷によって増える上に、心室性期外収縮の数や、生じる場所が増えてくるとVFやVT、いわゆる心室細動や心室粗動につながるので特に介入中は注意が必要です。
最初に話した死に至る致死性不整脈の一つね。本来血を送り出すはずの心室が震えて血が送れなくなる。そしたら当然血圧が保てなくなるから全身の虚血、もちろん頭もそうね、が生じるからとっても危険!心電図上の波形もギザギザとしてはっきり良く分からなくなるわ。そういう時にはすぐに心肺蘇生のプロセスが必要になるから、そういう人には事前にそういうリスクがると念頭に置いてリハビリをしないとね。
そうですね。と俯きつつ答える山吹を見つつ、まぁ今回はかつての主任石嶺優璃が居なくなった時ほどではないから安心だけど。
そして心房と心室の不整脈の初歩のお話をしたけど、次は心房と心室を繋ぐ間の不整脈ね。厳密に言うとちょっと違うけど、刺激の伝導路は心房から心室、そして心筋へと流れていくわね。その流れの不整脈とも言い換えて良いかしら?
最初にも出てきた房室ブロックの事ですね。さらっと話していましたが危険な不整脈です。これは読んで字のごとく、心房から心室への伝導がブロックされる。まぁ完全にブロックされる事ではなく遅延すると言い換えても良いでしょうが。簡単に言うと刺激が伝わるのが長くなる、もしくは刺激が伝わるのが一旦途絶える。という事ですね。
そうだねー。心房の働きを表すP波、その後に続く大きなトゲのQRS波があるのだけど、P波からQRS波の時間が長くなる。これはⅠ度房室ブロック、そしてその時間が段々と長くなって突然QRS波が消える。これはⅡ度房室ブロックのMobitz1型、これはWenckebach現象とも呼ばれるからWenckebach型とも聞くかもねー。そしてQRS波が突然消える。これはMobitzⅡ型だね。そして心房と心室の収縮が無関係に動く房室乖離が生じたらそれはⅢ度房室ブロックって事さー。
いずれも血圧が保てずに意識を失う事も多い危険な不整脈ね。多くはペースペーカー植え込み術の対象にもなるわ。うん。本当に怖いものなの。
消える。という言葉に山吹の薫は僅かに硬直する。その意味を分かって高橋は一度首を振った。やっぱり優璃の残した影は深く深く薫ちゃんの心を覆っているんだな。と思う。
そして最初のそもそも刺激の出発点の洞結節の機能が落ちて高度の徐脈を呈する洞不全症候群、通常とは違う伝導路、副伝導路が存在し高度の頻脈を呈するWPW症候群、そして心停止や心静止もまた不整脈と言えば不整脈ね。
そうですね。まずは自分やその相手がどんな不整脈であるか。それを確認する事が大切ですね。それは最初に白波君にも教えましたよ。もう大分昔の話ですけどね。
さっすが山吹ー!まぁ何れにしても専門の治療が必要になって、その後の生活にも影響を及ぼす事も多いから注意だね。でも過敏にはならないで良い事もあるけど、そうでない事もある。それをお話ししていこうかー
そうですね。と山吹は、らしくもなくその言葉に従う。本当にらしくないと高橋は思いつつ、その深い影もまた、いつかあの太陽みたいな娘が照らしてくれているのかしら?ふふっと高橋は笑う。なんだがとっても不器用な弟みたいね。そんな事を考えて天井を仰いだ。
山吹薫の覚え書 42
・不整脈の数は多いが、それぞれ考える事は違う。
・まずは臨床でよく見るもの、死に至る危険な不整脈ではないかを確認する。
・僕は・・・何をしている?
【〜目次〜】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
【Tnakanとあまみーのセラピスト達の学べる雑談ラジオ!をやってみた件について】
【時間がない人にお勧めのブログまとめシリーズ!】
【ウチ⭐︎セラ! 〜いまさら聞けないリハビリの話〜】
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