勉強会の終わりはいつだって静かだと桜井玲奈は思う。
それは業務の終わりとは違う、喧騒に満ちた音の終焉とはまた違うとも思う。
「ぞれじゃか帰るか。楽しい時間をあるがとうな。」
ガハハと笑いつつ岩水静は席を立つ。ぐったりとしている沢尻悠の代わりに桜井は丁寧に頭を下げる。
「今宵は本当に遅い時間までありがとうございました。大変勉強になりましたわ。」
「それはどうもご丁寧に。最近はこんな機会はめっきり減ってしまったから、こちら事こそありがとう。」
そう岩水は優しい笑みでそう答える。かつての山吹薫さんの先輩。その知識は経験に裏打ちされて確かに信用できるものだと桜井は思う。
多分今の私が同じような事を話したとしても、それは空虚に辺りに響くだけのように感じる。
僅かに伏せられた視線に岩水は何も言わずに首を振る。
「まぁ焦らずとも良いよ。俺だって昔は何も知らなかった。お嬢ちゃんの方が賢いし良く勉強していると思うよ。」
「そうでしょうか・・・」
そうだとも。と岩水は尊大に胸を張ってみせる。それは自分を安心させようとしている。そんな風にも見えた。
「あの山吹だって、進藤だって新人の頃はあったからな。山吹なんて頭でっかちで生意気だったし、進藤なんかはまるで何も知らなくてな。ただただ陽気なやつだったよ。」
そうですの?と桜井からはクスクスと笑みがこぼれる。そんな二人はあまり想像が出来ない・・・いや薫様は確かにそうかもしれませんわね。とそう思う。
「それでも皆様救急科でしっかりといろんな疾患を経験されて、これほど立派になられましたのね。」
「まぁ俺から見たらまだまだだがな、ただお嬢ちゃんより長く生きている。常に悩みながら長く生きた。それだけだよ。」
低くよく通る声は静に心に響いてくる。それだけ皆様もたくさん悩まれた。そういう事なのかと思う。
「だからと言って何もしない!という訳でもないがな。楽章のように人生も変わる。壮大な交響曲のようだよ人生は。その時々で響く音もまた変わる。もちろん自分が伝える音もまたそうだな。」
「あら。なんともおしゃれな事を言いますのね。何か楽器をされますの?」
「こう見えても今はサックスだけが趣味だな。まぁ昔から管楽器は得意だったからな。」
そうですの。と桜井は得意げに胸を張る岩水に笑みを浮かべる。なんだか気持ちが軽い。そう思う。
「あらあら素敵なことですわね。私はピアノが・・・得意ですの。」
「そうなのか!そうでは無いかと思っていたが、いつかセッションをしようでは無いか。ジャンルはどうあれ良い演奏となるだろうよ!」
お願いしますわ。と桜井がそう答えると、岩水はそれじゃぁな!と手を振りつつ病院の玄関へと向かう。その後ろ姿に桜井は一度丁寧にお辞儀をする。
その言葉のなかには明確な答えはまだ無い。だけども先ほどまで心にのし掛かっていた重い何かは今は随分と軽い。
「もうあのおっさん帰ったー?なんか圧がすごくていつも以上に疲れるんだよねぇ」
と沢尻が持たれたテーブルから顔を上げて桜井にそう声をかける。
「あらそうですの?随分とお優しい方ですわ。」
桜井がそう答えると、うそだーと沢尻はもう一度テーブルに突っ伏した。
さてさて私はどんな音を響かせる事が出来るのかしら。
桜井は暗くなった病院の廊下でそう思う。
僅かに心のなかで旋律が響き始める。そんな音を感じていた。
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
【Tnakanとあまみーのセラピスト達の学べる雑談ラジオ!をやってみた件について】
雑談で学べるラジオも好評放映中!たまにはまったり学んでみませんか?
【時間がない人にお勧めのブログまとめシリーズ!】
【ウチ⭐︎セラ! 〜いまさら聞けないリハビリの話〜】
コメント