アルブミンの話 その③ 〜低栄養に関連する危険な食事量〜

アルブミン

休憩室に射し込む西日も深く長くなっていく。進藤は姿勢を変えずにそのままに、黙々とノートをとる白波を見る。熱心な子だと思った。

山吹は文献の束を見ながら眉をひそめる。相変わらずだと思った。

山吹 薫
山吹 薫

ところで、今日はお菓子を食べないんだな。

白波 百合
白波 百合

流石に他の人が居る前で、そんな事はできないっすよ~

山吹 薫
山吹 薫

なら僕はどうなんだ。僕は。

何なんすかね?と首を傾げる白波に、山吹は目を細める。

進藤 守
進藤 守

俺は少し腹が空いたな。

白波 百合
白波 百合

本当っすか!?ならしょうがないっすねぇ。

と白波は飛び上がり、棚からお菓子をゴソゴソと持ち出してくる。

チョコチップのクッキーがデスクに広げられる。

白波 百合
白波 百合

沢山あるので、遠慮なくどうぞっす。

進藤 守
進藤 守

それなら遠慮なく貰うよ。

進藤はそう言ってクッキーを口に運ぶ。白波は両頬にクッキーを蓄積し始め、山吹はお前らな・・・とそう零す。

山吹 薫
山吹 薫

白波君くらいみんな食いしん坊なら、リハビリも遠慮は要らないんだがな。

白波 百合
白波 百合

また乙女に対して失礼な事を!

山吹 薫
山吹 薫

両頬にクッキーを溜め込んだ乙女がどこに居るんだ。どこに。

ここにっすよ!と白波は答える。山吹は態とらしく視線を逸らす。

進藤 守
進藤 守

ともかく、食事量と栄養状態が関連する事は分かるね。

白波 百合
白波 百合

うっす!沢山食べて元気いっぱいっす!

進藤 守
進藤 守

その通り。だけども沢山食べたくない人もいる。元々食事を多くとる習慣がなかったり、単純に味の好みや精神状態、食事環境によって食事量は減少する。

白波 百合
白波 百合

食べるのが楽しくなくなるって事っすかね?

進藤 守
進藤 守

大体はそうだね。そして一番気を付けなければならないのは、沢山食べられない人だよ。

白波 百合
白波 百合

沢山食べられない人っすか・・・どう違うんすか?

ふむ。と進藤は腕を組む。そういえば山吹は甘いものが苦手だった。白波にはその事を言っていないのだろうか、そんな事が気になった。

進藤 守
進藤 守

嚥下障害というものがある。簡単に言うと飲み込む力が低下する事だね

白波 百合
白波 百合

はい。脳血管障害の患者様に多いっすね。

山吹 薫
山吹 薫

そうだが、それだけでは無い。加齢で飲み込む筋肉や首回りの筋力が低下している人でも容易に生じる。そしてそうでなくても、食事姿勢が崩れていると嚥下障害が無くとも誤嚥する。

進藤 守
進藤 守

分かりやすく言うと、白波ちゃん。そのクッキーを天井を見上げながら飲み込んでくれないか?

白波 百合
白波 百合

こうっすか?

そう言って白波は言われたままに天井を見上げる。

そしてクッキーを飲み込み、盛大に吹き出した。

山吹 薫
山吹 薫

汚いなぁ・・・

白波 百合
白波 百合

先輩達がやれって言ったんすよ1?

山吹 薫
山吹 薫

僕は何も言っていない。

進藤 守
進藤 守

・・・つまりはそういう事だね。リハビリの進行に合わせて食事の姿勢も変わる。その時は特に注意する事だね。初めて車椅子で起きて食事をする時にきちんと姿勢を整えられていないなら、嚥下障害が無くとも誤嚥する。そして十分に食事は取れなくなる。

山吹 薫
山吹 薫

・・・何を笑いを噛み殺しながら平静を装っているんだ。

べつに。と進藤はそう答える。口周りはモゴモゴと動いている。

白波 百合
白波 百合

それは怖いっすね。全員言語聴覚士の人が付いてくれてたら安心なんすけど・・・

進藤 守
進藤 守

そうもいかないからね。特に脳血管障害の既往がある運動器疾患の人は、言語聴覚士が介入できない事もあるから注意だね。後は退院される患者様の食事姿勢もまたしっかりと申し送る必要がある。

白波 百合
白波 百合

それはもう重々に 気をつけるっす!

進藤 守
進藤 守

うん良い子だね。そしてそういう沢山食べたくない、食べれない人に対して、栄養状態が悪いからとカロリーを安易に上げる事も危険だ。

白波 百合
白波 百合

・・・どうしてっすか?

山吹 薫
山吹 薫

カロリーに比例して食事の量も増えるだろう。

進藤 守
進藤 守

食事の量が増えるという事はそれだけ誤嚥するリスクも高くなる。

ふぃ~と白波は奇声を上げる。進藤は目を丸め、山吹はいつもの事だとそう告げた。

白波 百合
白波 百合

難しいっすねぇ。

進藤 守
進藤 守

毎年学会では高タンパク高カロリーで、量の少ない補助食が紹介されているからいつか行ってみると良い。最近は味も良くなっている。

白波 百合
白波 百合

なんて楽しそうな学会なんすかねぇ!経費で行くっす!

山吹 薫
山吹 薫

そんな不純な動機を聞いて、誰が許可するんだ誰が。

進藤 守
進藤 守

もう日が暮れてきたからね、特に食事場面で言語聴覚士が居なくてもできる評価の方法もあるから、それもいつか教えようか。

白波 百合
白波 百合

うっす!流石に今日はカロリー不足っす。

山吹 薫
山吹 薫

栄養障害からは程遠いけどな。

視線をマグカップに落としながら山吹はそう言い、白波は何がっすかぁ!と声を上げる。その二人を眺めつつ進藤は、また訪ねて来よう。そう思った。

白波百合のノート 21

・食事を食べたくない人と食べられない人がいる。

・食事姿勢でも容易に誤嚥するから注意。←その時は相談する。

・カロリーを安易に上げようとすると、食事量も増えて誤嚥のリスクは高くなる。

・いつか進藤さんに先輩の昔話を聴く。

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