なんだかいつも通りで落ち着くっすねぇ。と白波は大きく伸びをする。山吹は白波の語った、過去の自分の発言の出処を必死に考えている様だった。
まぁまぁ先輩。その話は置いといて続きを話すっす。
・・・まぁ良いか。とにかく早期離床を進める事は大切だと何となくは分かったか?
それはちゃんと分かったっす!だけど皆んな直ぐに起こせる訳じゃないっすよね?例えば骨折した人とか・・・
そうだな。脊椎の骨折や骨盤や足の骨折後などは当然手術が終わるまで起こせない。無論、保存療法で経過する際には例外的に離床が可能となることもあるが、それは主治医と相談の元に行う。
先生がまず離床を指示してからスタートっすね!
基本的にリハビリはそうだな。だけども僕らも状態を見て先生に相談することも必要だ。チームの共通認識として早期離床と言葉は持たなければならない。
確かにそうっすね。と白波は思う。自分だけが必死に訴えても、それが認められないとリハビリも進めようもない。まだ2年目の自分だったら尚更だ。去年回復期病棟に居た時がそうだった。
認知面と筋力低下を防ぎ日常生活の向上を期待する。その話はしたが他はどうだろうか?
えぇと。寝ている時には内臓がぐぃっと後ろに押されるっすから、横隔膜の動きが悪くなって息苦しいっす。なので座る事で逆に呼吸はやりやすいっす。
肺の機能だけを見るとそうだな。仰向けで寝ている時より起きてる方が肺は広がりやすい。肺が広がり易いという事はそれだけ空気の出入りも増えて、痰が出やすくなる。だからと言っていきなり長時間起きておける訳でもない。
たくさん空気が出入りするのにっすか?
体の中では臥床を強いられた何らかの疾患があるからな。その治療と並行している訳だから、病み上がりに起きるのは辛いだろう。だけどもそうしなければ更に辛い状態になるから起きる事は必要なのだけどな。
だから先輩は患者に嫌われても必要な事をしてたんすね。と白波は思う。
きっとそれは誰に対してもそうで、先輩が殆ど独りでこの休憩室にいるのもそれが理由なんすかね。と白波はそうとも思う。
特に高度の心疾患を伴わない、肺炎の患者さまは特に早期より起こす事が必要だ、起こせなくてもしっかりと姿勢を変えて痰を出してもらう必要が有る。
肺炎の増悪や、無気肺の予防のために必要っすね!
そうだな。但し痰が硬いと安易に姿勢を変えるとそれ自体が細い気管を塞ぐリスクもあるから注意するように。それに当然、肺炎では呼吸機能が侵されるために、僅かな時間から離床を進める。本人の疲労感を確かめながらね。
たしかに人それぞれの体力は違うっすもんね。疲労感は自分しかわからないっすもん。それは尋ねないと分からないっすね。
そうだなと山吹は頷いてみせる。そういえば1年目だから、2年目だからといった言葉は先輩から聞いた事がないっすね。と白波は思う。知識不足を指摘されてもキャリアとか年齢で否定される事は無かった。
それに離床は呼吸機能だけではなく循環器に対しても良い影響を与える。座って足を地面に付けたり、重力に抵抗するように筋肉が動く事で自然と血の巡りも良くなる。深部静脈血栓症の予防にもなるし、目が覚め、酸素を取り入れ、血が廻る事でようやく体の臓器は動き出す。
なるほどっすね!内臓さんも酸素や栄養がないと働けないっすよね!
極端な話では便通が良くなったりするからな。ただ臥床期間に比例して初めて離床した時に血圧は下がりやすくなる。
確かに離床した時に血圧が下がり始めたらちょっと怖いっすね。
まぁ高位の頚髄損傷や高度の肺炎や心疾患、色々原因はあるがそれは医師と相談したり足に弾性包帯を巻く、動くならば足を動かす。なんだったら両足をまっすぐと伸ばしたままベッドの端に座るなど、対策はいくらでも取れる。ただ事前に血圧や脈拍数など細かい状態の共有と指示受けは必要だ。
なるほどっすね。血圧が下がるから起こせないってのは理由にはならないっすね・・・
そうだ。と山吹は答える。白波は血圧が下がるから離床は行えない。もしくは肺炎により発熱しているからリハビリを行えない。昔はそんなセリフで溢れていた。とも思う。先輩の下で働き始めてからは殆ど聞かなかった。
だからチームの共通認識を「どうやったら寝たきりから解放できるか」と意識する事は重要だと思う。それは急性期や回復期、在宅であったとしても同様だ。
そうっすよね。でも患者様やその家族がそれを望めばって事っすよね。じゃないと患者様が無駄に辛い思いをさせたくないっすもん。家族なら尚更っすよ。
そうだな。と山吹は言葉少なくそう返す。その意図は白波には分からない。
だけども退院するためには必要な事だからな。そして最も気をつけなければいけな事がある。
それはもう分かるっす!自分独りじゃ進めないって事っすよね!
そうだ。急性期であればあるほど点滴の種類やルート類は増える。人工呼吸器管理だったりもするから、離床を進める上で人手は有ればあるほど良い。もちろんその時のマンパワーもよるが、予測外の事にも対応しやすくなる。決して一人でやろうとしてはいけないよ。
そういう事じゃなかったんすけど・・・そうっすよね!
どういう事だ?と山吹は首を傾げている。
この病棟で先輩の下で学ぶようになって分かった事、先輩はどれほど周りに人が居ても、独りで前に進もうとする。その先には何が有るのかは分からないっすけど、それでも・・・
と白波は思う。西日は窓の格子の影を長く長く伸ばしていく、季節はもう変わるんすね。と白波は思った。
白波百合のノート 40
・肺炎であっても起こしていく事で肺は膨らみやすくなる。その結果痰も出しやすくなる。だけど詰まらないように痰の性状には注意する。
・起き上がって動きに参加する筋力が増えるとその分血の巡りが良くなる。循環器に対しても良い。
・チームで共通の認識を持ち、様々な対策を講じながら元の生活に戻せるように努力する。だけども患者様やその家族の意思も必ず確認する。
・いつか先輩の力に成れるだろうか。
コメント