白波百合は病室で患者を見つめる。頬はこけており手足は細い。オキシマスクから流れる酸素は5l。上部胸郭優位の呼吸は患者様が息苦しさを感じている事を表している。呼吸回数は25回だ。
その隣にはお孫さんらしき女性がその表情を見つめている。
何を考えているのだろうか。その思いは何となくわかる。挨拶を終えて白波は病室を後にして休憩室に向かった。
それでどうだった?
ちゃんと挨拶を終えてきたっすけど、辛そうっすね。
そうか。と山吹は答える。白波は自分の担当する患者様の事を考えながら、白波は山吹の隣に丸椅子を置く。
診断名は誤嚥性肺炎だな。自宅でも熱発を繰り返していたらしい。
季節の変わり目でもあるっすからね。嚥下機能が落ちているすよね・・・。
そうとも言えるな。だけど誤嚥したらといって必ずしも肺炎に成る訳ではないんだよ。
どういうことっすか?
誤嚥性肺炎というものは誤嚥したから発症する。そう思っていた白波は首を傾げる。
だって誤嚥性肺炎っすよ?誤嚥が起因で肺炎を生じる。そうではないんすか?
もちろん誤嚥が発症の起因だ。その患者様は痩せていなかったか?
確かに・・・自宅でも中々歩き辛くなっていたらしいっす。
だろうな。誤嚥性肺炎はもちろん誤嚥し、そしてそれに対する体の耐久性や免疫能、予備能力とも言えるがそれが低下した事により生じる。
そっか。と白波は手を叩く。この前坪井から聞いた話を思い出す。
ならば自宅でフレイルの状態だったり、サルコペニアだったりしたんすね!
よく知っているな。ともかく誤嚥性肺炎は良くそれらと合併している。体の免疫が低下している事もあるから、誤嚥性肺炎を見る時には以前の生活もまた他の疾患同様に考えることも必要だ。そしてそれらの合併もまた知っておく必要がある。
えぇとアルブミン値とか日常生活に影響が出るほど痩せていないか、そういうことっすね。
そうだな。嚥下機能ももちろんそうだが、そこもまたしっかりと評価しておく必要がある。
白波は病室の患者様を思い出す。確かに痩せていた。それを見守るお孫さんの表情もまた思い出す。同居はしていないと聞いていたが、それでもその表情から感情は汲み取れなかった。
嚥下面に関しては言語聴覚士がしっかりと評価してくれる。そして僕らに重要なことは呼吸機能の評価を行うことだ。それは以前話したな?
うっす!随分昔に感じるっすけど。
それに加えて換気能力、酸素化能力もまた観なければならない
えぇと・・・沢山息を吸ったり吐いたりする換気の力と、それをちゃんと血の中のヘモグロビンと結合させる酸素化能力ってことっすか?
そうだな。発熱に伴い上部胸郭優位の呼吸や努力呼吸になっていると換気能力は低下する。肺の中に喀痰が多い事もそうだな。そして十分な酸素が肺の中の、肺胞まで届かないと酸素化能力もまた低下する。そして痩せが進行していると貧血の傾向もあるかもしれないからそれもまた観る。
どんな関係だったのだろう。と白波はその患者家族に対して思う。そして自分がそうだったらどう思うのかとも思う。
どうやって呼吸しているかの評価とともに、それらがどう代謝されているかまで考える。それが重要だよ。そして僕らがやらなければならないことがある。それも早急にだね。
えぇと離床・・・っすかね?
それもまた重要だけども、まずは安静に寝ている時の状態を落ち着けなければならない。それは主治医が薬物療法にて治療を行う。しかし肺炎となると気管から原因菌を追い出そうと痰が増える。その痰も問題なんだ。
確かに自分たちも同じっすもんね。うまく出せないと苦しいっすもん。
僕らでも確かにそうだ。だけどもこの時期はやたらと乾燥する
よって痰が硬くなりうまく喀出出来ないと最悪喉に詰まらせてしまう。
それは怖いなと白波は思う。もしそんな状況をお孫さんが見てしまったらと思う。きっとずっと忘れられない。
息を吸っても吐いても声が出たり、肺を膨らませようと息をしているのにも関わらず、肋骨の間が沈んでいる。これは上気道、空気の通り道である太い気管が閉塞しようとしている兆候だからこの時にはすぐに人を呼ぶ。場合によっては気管挿管となることもある。
それは怖いっす。肺の音だけではなく気管の音もしっかりと聴診するっす!
必ずしも病院だけで起こるという訳ではないからね。そしてもちろん肺の中にも痰が溜まる。そして細い気管に溜まるとそれから先の肺野、また気管が繋がって最終的に肺と血管で酸素と二酸化炭素を交換する肺胞が沢山ある小部屋に酸素がいかない。痰がたまり続けることもある。それらは無気肺と呼ばれるね。
ならちゃんと聴診して音がするところ、そして音がしない所もレントゲンを見ながらしっかりと見つけないっとっすね!
ふむ。と白波は一度メモにまとめている。とりあえず何をしなければいけないかは分かった。だけども患者の表情とそれを見守るお孫さんの表情を見てしまうとやはり不安になる。
ちゃんと自分できるっすかね・・・
何を言っている。僕がいるだろう。
山吹はさらりとそう言ってのける。締め切られた休憩室の空気はその場に留まり続けている。だけどもふわりと自分の耳元を柔らかい風が吹き抜ける。白波はそんな気がした。
白波百合のノート 68
・誤嚥したからといって必ず肺炎を起こす訳ではない。同時に体の免疫が低下するフレイルやサルコペニアを合併していることも多い。
・上気道の閉塞や痰詰まり、そして無気肺のリスクも考えつつ評価する。異常な音以外にも音がしない部分も聴診で探す。
・先輩が居たらやっぱり安心するっす。
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