これまでの話 〜今まで此処で学んだ事〜

総論
『内科で働くセラピストの話/OP』

さてと。白波百合は自宅のソファーで天井を仰ぎながら自分のノートを見直してみた。角はすっかりと剥げていて、それだけ一緒に頑張ったんすね。とノートを一度撫でる。

最初のページはバイタルサイン測定の話だ。

こんなに基礎な事から教えてもらったんすね。と懐かしくなる。

最初にこの病棟へ訪れた時、なんて所に来てしまったんだと思った。

求められる事は高く、そしてそれは患者様の今後を左右する。

まずは血圧測定からだな。

ウンザリするような先輩の声は今でも覚えているけれど、

その時は正直なんて嫌味な人だと思った。

嫌いではなかったけれど・・どう関わるか悩んだ事もあった。

でも向き合ってみるとそうではなくて、本当に細かい事から教えて貰ったように思う。

それはきっと何にでも基礎はあって、そこに繋げられるかどうかがプロだと教えて貰ったような気がした。

そして病棟の看護師さんにちゃんとバイタルサインの報告が出来た時は、当たり前の事だけど何だかこの病棟の一員になれた気がして嬉しかった。

1年目の時、患者様が弱っていく姿を見ながら、何も出来なくて本当に心から謝りたい気持ちになった。それを思い出して凹んでいると、先輩は隠しているつもりだろうけど自分を慰めようとしてくれた。

不器用なのにっすね・・・と白波な瞳の曲線を柔らかくして次のページをめくる。

次は生化学検査について教わった。訳のわからない略語について、何を知って何を考えるべきか一つずつ丁寧に教えてくれたっすね。

そのすべてのデータが大切で、目に見えないものを観て、そして患者様の状態を捉えるための根拠とする。そんなお話だった。

そして、その時から休憩室にいろんな人が訪れるようになった。

自分の友達やそして進藤さんもまた休憩室に集まるようになって、段々と先輩のいる休憩室に行くのが楽しくなった。まるで鮮やかな色が着くように景色は巡り、それがとても心地良かった。

そんな時に先輩が回復期病棟へ引き継いだ患者様が急変した。

その時の先輩の表情は決して自分には向けられたくはない、そんな表情だった。冷たく排他的で誰も信用していないような目線の先には、きっと患者様の事しかない。そう思うと少し寂しかったのを思い出す。

先輩のために何か出来ればと思った。先輩が受け持っていたその患者様の為に・・・

そして休憩室に沢尻さんも現れたんすね。ノートにはその日の事が書かれている。自分が来る前にこの病棟で働いていた理学療法士。

正直なところ賑やかで自分とあまり接点は無さそうだったけれど、何だか自分の意図も不思議と分かっているような事も言ってて不思議だった。

その後先輩はずっと何かを思い悩んでいるようで、でもそれが何か全てが分からなかったっすけど、それでも先輩の受け持っていた患者様へ自分が何かが出来ればみんなの為になる。そう思って進藤さんの話を咲夜と聞きに行った。

ちょっと自惚れていたかもしれないっすね。その時の事を思うと少しだけ胸が僅かに締め付けられる。そしてあの日、先輩と一緒に患者様の離床を行った。単純な事でも考える事が山ほどあって、危ないところもあったけど、患者様と先輩は笑ってくれた。

白波はそっと自分の頭に左手を添える。そこには先輩が触れた温もりがまだ残っているような、そんな気がした。今でもそんな・・・

やめとこう。白波は一度首を振る。そこからの日々は患者様の身に起こる症状について一緒に学んだ。それも二人ではなく自分の友達や進藤さん、沢尻さんも度々訪れて本当に賑やかな日々だった。そしてそこから先輩のかつての指導者さんのお話の断片が自分の中に降り積もっていった。

どんな人だろうと思った。そしてその指導者さんが今も先輩の中の心の中に存在している事は何となく感じた。だけどもそれは先輩のお話で自分はまだそこに触れる事は出来ない。それが寂しく思った。

そんな中、自分が患者様を受け持つ事になり、そして結果として最後まで受け持てなかったけど、リハビリテーションが繋がっていく事が分かって、自分が一人でない事にも気が付けた。それを先輩が不器用ながらに伝えようとしてくれて、それを分からずに・・・とそこまで考えて白波は両手でノートを抱え込み、うにゃぁ。と身悶えする。でも先輩と仲直りできて良かった。鼻先にオレンジピールのチョコレートの香りが今も尚燻っている。

段々と患者様も受け持って、勉強しながら自分の成長もまた感じた。前に進んでいる。そう思えた。

だけどもその度に先輩が何かを思い出しているような気がして、自分の気持ちがやっと心の中で言葉になったのに、先輩がどこか遠くに行ってしまうように感じてそれが嫌だった。

やっぱり明日先輩の昔の話を聞こう。そう思った。

それが先輩に対してではなく、結局の所自己満足に留まるのかもしれないけど、このまま何も知らないのは嫌だった。

そんな事を聞いたら嫌われるっすかね。僅かばかり不安になる。真っさらな心の中を満たす透明な水槽に一滴の赤いインクが垂らされたような、そんな風景が浮かんだ。

だけども、そのまま過去に囚われていてはきっと先輩は何処にも行けない。そう思った。

「嫌ってもらって結構!良くなってからその文句は聞きましょうか。」

うろ覚えの・・・患者様のリハビリを行う時に言う先輩の言葉を口の中で反芻しながら白波百合はノートを閉じる。

もちろん先輩よりも患者様が優先っすけどね。そう言葉を結んで目を閉じた。瞼の裏の僅かに光を灯す暗闇にぼんやり黒猫のマグカップが浮かんで、そして消えていく。

明日は先輩の昔の話を聞く。その言葉だけはしっかりと心の中に楔として沈み込んでいくをの白波は感じるのだった。

コメント

  1. 橘右近 より:

    総集編、本当に勉強になるブログで私も考えさせられます。作画担当させてもらってるだけでもありがたいのにこれからも楽しみにしてます(^^)

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