脳卒中の話 その④  〜まず積極的なリハビリを行う前に〜 【山吹薫の昔の話】

山吹薫の昔の話

正直朝のリハビリ室は好きだと山吹薫は思う。朝日の目が眩む程の光を浴びながら、大きく伸びをすると心まで照らされるような気がする。不思議と今日は一人きりだった。主任は何日か休暇だという。

進藤 守
進藤 守

おー!真面目くん!こんなに早く出勤してるのか?

山吹 薫
山吹 薫

お前こそ、珍しいな。

まぁな。と無造作に好き勝手している髪を掻きながら進藤守はそう答えた。眠気を纏ったその瞳はなんだか凶悪に見える。

進藤 守
進藤 守

今日からお前と担当組むだろう?事前に打ち合わせをしておこうと思ってな。

山吹 薫
山吹 薫

新人同士で組むことになるとは、これも認められた証拠かな?

進藤 守
進藤 守

そりゃそうだろう!良い所見せないとな!

高橋 美奈
高橋 美奈

ふふーん!なら君たちの良い所を存分と見させてもらおうかな!

二人でカルテを覗き込んでいると、仁王立ちとなった高橋美奈が二人の後ろに立っている。

山吹 薫
山吹 薫

なるほど、作業療法士さんは美奈さんなんですね。でも少し心強いです。それにしても随分と早いですね。

進藤 守
進藤 守

おはようございます!美奈さんとチームが組めるなんて光栄です!本日も随分と見た目麗しゅうでございます。

高橋 美奈
高橋 美奈

ふふ。ありがとう。これは今流行りの朝活よ!それでこの人はどうリハビリを進めようか?

随分と前の流行りの様な・・・と思いつつ山吹はそれを口に出さない。発言には気を付けなければまた恐ろしい。そして目をキラキラさせながら高橋を見る進藤を横目に山吹は口を開く。

山吹 薫
山吹 薫

現在は酸素療法もしておらず、全身状態も安定している様です。大き目の車椅子を使用し離床を進めることが出来そうです。

進藤 守
進藤 守

まだ完全に目を覚ましていないので、鼻からチューブを入れる経腸栄養中です。まずは俺は口腔内のケアから刺激を入れていきます。言葉の練習はもうちょっと目が覚めてからですね。

高橋 美奈
高橋 美奈

ふむふむ。良いじゃない。何にしても早期離床と合併症予防は必要ね。麻痺と聞けば直ぐに腕の動きや足の動きの練習をしたくなるけども、まずはベッドから車椅子への生活へと映る離床を行わないと、寝ている間に肺炎を起こしたりするの。そうしたら意識が戻ってくるのが随分と遅れてしまうからね。

ふふ。となんだかまだ眠気の残る眼差しで高橋はそう話す。気怠げにしている姿はやたらと艶やかだ。鼻の下を伸ばしている進藤は置いておいてと、山吹は話を続ける。

山吹 薫
山吹 薫

覚醒状態を上げるために、病棟では車椅子に離床してもらって僕はベッドの端に座る練習と、長下肢装具を使って立つ練習を進めます。そうして右上下肢の動きは殆ど見られていませんが、少しでも動く様に練習を行います。

進藤 守
進藤 守

俺は覚醒状態の変化を見つつ口腔内のケアを進めます。それが刺激となって目が開いてくれば、少しずつ言葉を発する練習を行います。

高橋 美奈
高橋 美奈

ふむふむ。やる気に溢れててよろしいね!私は認知機能や高次脳機能といった生活に必要な脳の働きを評価していきたいけれど、それはもうちょっと目が覚めてからね。

そう言って、高橋は細く長い指を口に当てて欠伸をする。なんで仕草がこういちいち艶やかなのだと山吹は目を細める。進藤の表情は見なくても手を取る様に分かった。

高橋 美奈
高橋 美奈

薫ちゃんの言う通りそうやって徐々に重力の下の生活に戻す事は必要ね。ベッドに寝たきりになると当然動く方の手足の力も落ちてきて、例えばいざ立ち上がろうとしても、動かない方の手足をカバーして車椅子への乗り移りも難しくなるものね。

山吹 薫
山吹 薫

もちろんです。例え長下肢装具を使用しても麻痺していない方の手足の力が落ちていたら何もなりませんから。

高橋 美奈
高橋 美奈

そうそう。そして進藤君の言う通り、口腔ケアもちゃんと必要。自分で歯を清潔には出来ないからね。それに口の中を刺激すると言う事は其れだけで十分な刺激になるの。ほら朝目覚めた時に口を磨くと目が覚めたりするでしょう?

進藤 守
進藤 守

もちろんその通りです!そして俺の事も守ちゃんでお願いします。

守ちゃんね。と高橋は頬を薄い手のひらに乗せながらそう微笑んだ。その守ちゃんと言えばトロけそうな程の表情で頭を掻いている。なんとも分かりやすいと山吹は思う。

高橋 美奈
高橋 美奈

そしてこうやって重力の下の生活に戻っていく時に気を付けなければいけないのはね、こうやって手足に全く力が入らない弛緩した状態のままだと、肩の関節が徐々に落ちて亜脱臼、脱臼に近い状態になってしまうの。だから最初は三角巾を使って過度に亜脱臼が進行しない様に注意しないとね。

山吹 薫
山吹 薫

もちろんです。そして動かない手足で体を支える事が出来ないから、座っている時なんかには転倒しない様にしっかりと注意していきます。

進藤 守
進藤 守

まぁ離床は力もいるし人手も入る時があるから、そこらへんは協力して事故を防いで行かないとねー。まぁ力のある理学療法士さんにそこは任せようかな?

へへと唇で弧を描く進藤に、お前も手伝うんだよと山吹はそう返す。その二人の姿を見て高橋はふふ。と笑みを零す。

高橋 美奈
高橋 美奈

でも薫ちゃんと守ちゃんの言う通りに順調にリハビリが進むと良いのだけど他にも気を付けなければいけない事もあるの。さてそれはなんでしょー?

山吹と進藤は互いに顔を見合わせる。その姿を見て小さな顎先を傾けながら高橋は再び笑みを作った。

山吹薫の覚え書 35

・まずはベッドから離れる生活を行いつつ目を覚ましていく。

・肩の亜脱臼や転倒など最初の離床の際には事故が起きやすいから注意する。人手も必要。

・高橋美奈はなぜだかモテない。

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』

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tanakannaika|note
理学療法士でパーソナルトレーナーなブロガーです。また動画編集や過去には脚本執筆や演出、撮影、編集など多岐に渡って活動しておりました。楽しみながら学べる『内科で働くセラピストの話』を執筆中。

ちなみに千奈美さんの第一話はこちらから

その1 『伝えたいことを思い出せない』|tanakannaika|note
ここはとあるクリニックのリハビリ室。そこには僕こと、高橋を含めた4人のリハビリスタッフがいる。そしてそこの主任は千奈美さんであるのだ。 瞳と同じくらい小さな整った丸顔で、それに合わせて栗毛が緩く巻かれている。 そして業務の終わり、僕は千奈美さんから呼び止められた。 「高橋くん高橋くんちょっと待ってー!」 「そん...

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