休憩室に差し込む西日もすっかりと柔らかくなったすね。と白波は窓の外をみる。確かに季節は巡っている。
それで歩く練習を進める時の合併症って・・・どんな事っすか?
僕らは当然高齢者の患者様のリハビリテーションを行う事は多いし、それに君の担当もまた高齢だね。
超高齢っす、でもまだまだお達者っすよ?
君は時々すごく古い言葉を使うな・・・だからこそ注意しなければならない。
白波は患者様の事を思い出す。事前の情報収集ではこれといった合併症はなかったはずだ。
入院前の情報で確認できる事も多いけれどそれが全てではないよ。
例えば歩く練習を続ける。そして病棟で歩く事を始める。そしたら1日の活動量はどうなる?
それは・・・寝ている時間の方が長かったっすから活動量は増えるっすね。
そう。それはとても良い事だ。だけども反面気をつけなければならないのが過負荷だ。
練習や活動量を上げ過ぎるって事っすか?
そうと山吹は頷く。きっと受け持つ患者様は歩けないと家に帰れない。だけどもだからと言って歩く練習をやらない訳にはいかない。
でも・・・歩く練習は必要っす・・・
そうだね。もちろんそうだ。でもやり過ぎて心不全が出現する事もある。他にも関節の痛み、君の患者様は胸腰椎の圧迫骨折だから腰の痛みが出るかもしれない。
そこまでやり過ぎないっす!
まぁ君は今までここで勉強したからな。大丈夫だと思うが気をつける事も必要だ。例えば普段と同じ練習をしているのにも関わらず疲れが取れない、息も切れている。なんて症状が見えたら超注意だ。尿量が減っていたりなんかしたら例えバイタルサインがいつもと同じでも気をつけなければならない。
それは・・・心臓の仕事量が増えて負担がかかっている事っすよね。ずいぶん前に習った気がするっす
あれはきっとここに来て間もない頃だったと思う。春先のまだ風が暖かいそんな日々だった。
その仕事量が増えすぎると心臓の働きも徐々に落ちる。もちろん運動しない方が悪い事も多い、そして運動しすぎても結果として悪くなる事もある。だから僕らは運動処方という言葉を使うだろう?
つまり用法容量が大切・・・って事っすね。
そうだね。まぁ多くは順調にリハビリは進んでいくけれど、万が一に備える事も重要だね。特にいつもと同じ練習をしているのにとても疲れている。と感じたら注意した方が良いね。
うっす!今の所大丈夫っすけど、家に帰る練習を続けると段差の昇降とか負担のかかる練習も多いっすからね!
自分は何か変われたのだろうかと白波は思う。まだ自分一人でリハビリを出来ている。そうはとてもじゃないが思えなかった。
後は胸腰椎の骨折の時には大きく手を振って歩くと腰の痛みが最初の方は出やすかったりする。
こう体を捻るからっすからね!
そうだな。でも人は手を振り歩く事で体が大きく揺れないようにするものだから、それは痛みに合わせてだな。そして立ち座りの練習から歩く練習と続けるとやはり筋肉にも関節に負担がかかる。だから常に痛みの評価を怠らない事も必要だ。
元々痛くなかったけどそれが大丈夫な痛みかそうでないかはしっかりと診て行かないといけないっすね!早期発見っす!
この患者様が家でいつも通りに生活を行えるようになったら自分も何か変われるんすかね。ずっと昔に亡くなった祖母の姿がまた白波の脳裏に浮かぶ。
でも例えば歩行器で歩けるようになったからといって、すぐに病棟で歩行を開始!ってのもやっぱりなんだか不安っす。
それは誰でも同じだよ。初めての離床と同じようにね。だから僕は最初、病棟で歩く練習を行うようにする。周りの目に付くように。看護師さんは見ていないようでしっかり見ているからな。
それはもう重々と感じているっす・・・
言葉で伝えても中々、わからない部分が多いし本当に大丈夫なのだろうか?という疑問は実際に見ていないと感じるからな。
確かに実際に見てもらう方が手っ取り早いっというか、みんな安心出来るっすもんね!
安心。そういえば患者様の話をしている時によく使っていると思う言葉だと白波は思う。それは自分に向けている言葉だし周りもそうだと思う。
そうやって徐々に家の生活に続けて行くんすね。なんだか先が見えてきたっす!
まだ歩く練習をしていないんだろう?まぁ話を聞く限りでは順調にいきそうではあるけれどな。
勿論っす!最近は家に帰るために自分で足上げとか座ったまま足踏みの練習されていますから!
それは良かった。そうとだけ山吹は答えるとデスクにその身を再び預ける。コーヒーでも淹れるっすよ?と白波がそう言うと一度だけ眉をひそめて遠慮するよ。そうとだけ答える。なんなんすかぁと白波は口を尖らせる。それでもやっとこれで自分が誰かに何かをできる。そう思った。
白波百合のノート 66
・リハビリが進んで活動量が増えてきたら、特に高齢者の場合には心不全などの合併症が出てこないか注意する。
・普段の練習をしていて疲れやすくなってたりしたら要注意!そして新しい痛みの発生にも注意する。
・やっと自分が変われる気がする。
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