高橋美奈の心の中 その①  〜展覧会の絵-古城−〜

総論

お疲れっすー!と三人は意気揚々と教室を後にする。

それを見送った後、高橋美奈は誰もいなくなった教室で仰向けになる。手足を大きく伸ばして息を吸うとなんだか体中がどっと疲れが溢れた。

三人の前では気丈に振舞ってみたものの実は緊張で身体中が強張っていたのが分かる。臨床とは違うけれど久しぶりのリハビリテーションはやはり疲れる。それほど体も頭も酷使する。

相手の事がまるで見えないという状況ならば尚更だ。

きっかけは以前、義母の入院で行ったあの休憩室だったと思う。

臨床から離れてしまい、もう自分には何も出来ないのだと、これから穏やかであり何処か倦怠に満ちた生活の中で怠惰な幸せの中に生きる。

そうなると思っていた。

だけども久しぶりに触れた臨床の空気と新しい世代のセラピストを眺めていると、何か自分でも出来る事はまだあるのでは無いかとも思えた。

それは同時にあの救急科での自分の姿をも再び描き出していた。そしてそこの優璃が少しずつ姿を消していった日々の中で感じた、その感情すら鮮明に描き出していた。

休憩室で学んでいる子達はとても良い子だと思う。

薫ちゃんには少しもったいないかもね。

そう思うと不思議と笑みが溢れた。そして白波ちゃんが悩んでいる事もまた手に取るように分かる。

臨床の姿は目まぐるしく変わる。それは人も疾患も同じだ。

幾枚にも並ぶ絵画を眺めながら歩くように、その都度、心に働きかけてくる想いもまた違う。

そして重症な患者を取り巻く環境ほどそれは強くなる。しかしその反面、感情だけに囚われていてはその時に一番必要な選択を見逃すことも確かにあると思う。

そしてそれは、与えられるものでありながら、きっとそれは自分の奥底に内在するものを患者様を通して描き出しているのだとも思う。

その中で何度も悩む。自分がどう在るべきか、そしてこれからどう進むべきか。

初めから自分の進む場所を知っている人はいない。

人は始めからその人ではなく、いろんなもので形作られたものであると高橋は思う。それはきっと自分も同じなのだ。

そんな中で自身がその光で霞んで見えてしまう程の物を、一度でも見てしまったら容易にそれに囚われてしまう。

それはきっと薫ちゃんも同じで、実は私もだったのかもしれないと今ではそう思って仕方がない。

それは私や薫ちゃんにとっては優璃の姿で、白波ちゃんは多分薫ちゃんの姿なのだ。

それでも彼女は確かに自分を持っている。自分の感情と憧れる姿の間でゆらゆらと揺れている。

もちろん自分が切望する姿に近づくために生きる事は間違いではない。だけどもその狭間に立った時、そこから見える景色は何なのだろかとも思う。そこから先にもし何もなければ、道は容易に途絶えそこから先の景色を容易に見失う。

そのギリギリの場所で前に進めなければ、前に進む意思や選択が無ければ行き着く先は何処にもない。

今思うとそれはあの救急科で働いた全員がそうだった。

行き着く先を見失った私たちのチームは容易に崩壊した。

それほど彼女の存在は強烈に私たちを照らしていたと思う。

しかしその光は余りに儚くギリギリの状態でその身を保っていた。愚かしい事にその事に気が付いたのはその光がどこかに消えてしまった後のことだった。煌びやかにライトアップされた自身の絵を眺めてその本質を知った。

そして最後の最後で何が起きたのかはきっと薫ちゃんしか知らない。

長い付き合いなのに酷いものだと高橋は笑みを浮かべる。

でもその最後の最後を伝える相手が居て少しだけホッとする。

それがたとえ不十分であっても、今も彼女の思いは形とならない言葉となってこの場に居る。

そして次の世代へと繋がっている。儚くとも確かに。

でもねぇ。と高橋は思う。薫ちゃん以外はそれぞれの道を見つけている。内海青葉は教育の場に、岩水静は臨床を離れて在宅に、そして私は少し迷ったけれど臨床以外の場所にそれぞれの進む道を見出している。

それは優璃のかつて立っていた狭間に辿りついたからなのかもしれない。

しかし薫ちゃんはまだ優璃の後を追っている。そこにはきっと知識や技術以外のものも大きいのだと恐らくあの時のメンバーは誰もが知っている。

知っているからこそ口に出せない事もあるのだ。

さてさてこれからは本当にどうなるのかしらねぇと高橋はよいしょっと立ち上がる。

でもあの白波ちゃんはきっとどうするべきかを分かっている。

その答えをまだ口に出せないだけで、目も眩むほどの光の中で、いつか新しい道に一歩踏み出す事が出来ると思う。それこそ私たちも優璃さえも見えなかった頂きの向こうの景色を描き出すことが出来るのだろうと思う。こればっかりは主観的にも客観的情報にも裏付けされない憶測だけど。

それだけでは得られない判断というものは臨床に居れば誰でも知っていることだ。

それに別に問診などせずとも彼女の言葉の端々に現れている。別にそれに気がつかないだけで。

全く、あの仕方がない薫ちゃんには本当にもったいない子ね!

とため息を漏らしつつ、それでもその答えで少しでも薫ちゃんが変われば良いのだけど。

変わった先はどうなるかは分からない。だけども変わらなければならないのだと思う。

さーてと!と高橋は教室の後片付けをすませてドアを閉める。初回にしては大盛況だったと旦那様に伝えなきゃね。そう思って扉の鍵を閉めた。

季節は巡る。絵画の様に。その中で何を思うのか。それは自分次第なのだから。そして・・・

みんな過去に描かれた絵画を眺めるだけでは無く、今なお自信を描き続けているのだから。

【〜目次〜】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。

【総集編!!】

【これまでの話 その①】

【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】

【時間がない人にお勧めのブログまとめシリーズ!】

【ウチ⭐︎セラ! 〜いまさら聞けないリハビリの話〜】

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