血糖の話 その①  〜そもそも其れは何を意味するのか〜 【山吹薫の昔の話】

山吹薫の昔の話

さて・・・と。山吹薫はサマリーを書き終えて一息つく。冬の寒い時期を越えて何とか救急搬送される患者も減ってきた気がするが、微々たるものだとそう思う。そんな事を考えているとリハビリ室のドアが開く音がした。

進藤 守
進藤 守

よー!薫!まだ仕事してんのか?

山吹 薫
山吹 薫

もう終わったよ。そしてどうしたこんな所で?

いいじゃないか。と進藤守は山吹の肩を叩く。その視線の先にはカルテを覗く石峰優璃の姿があり、あぁそういう事ね。とため息を吐いた。

山吹 薫
山吹 薫

まぁ兎に角サマリーを確認してもらうからその後だ。

進藤 守
進藤 守

ふむふむ。成る程そういう事か。

なにがだよ。と口に出さずに山吹はそう思う。そして主任のデスクへと向かう。近くに立つ山吹に気が付かないのか、石峰はじぃっとカルテを覗き込んでいる。

山吹 薫
山吹 薫

主任。サマリー終わりました。

石峰 優璃
石峰 優璃

おぉ。すまんな急に。そうだな・・・サマリーは置いておいて、一過性の意識障害を来した患者様がいるのだけど、原因はなんだと思う?

山吹 薫
山吹 薫

運動負荷で不整脈を来して血圧が保てなくなった・・・とか

石峰 優璃
石峰 優璃

心臓に基礎疾患は無く、そして心電図も正常洞調律だ。それでは無いな。

ふむ。と山吹は腕を組む。そんなにすぐに分かるものかと鼻を鳴らす。だけどもきっと主任はそうではないとも思う。

石峰 優璃
石峰 優璃

ほれこの血糖値を見てみろ?

山吹 薫
山吹 薫

正常値よりずっと低いですね。他の電解質は正常ですが、血糖値の正常値は70~100mg/dlでしょう?40ほどしか無い。

石峰 優璃
石峰 優璃

ふむ。ならばまずは血糖について今日は話さなければならないな。

サマリーを早く処理したいのだけど、と思いつつそう言われると興味は涌く。そして主任の目の前にある凭れかかると軋んだ音を立てる椅子へと座る。そして横を見ると既に進藤は腰掛けていた。

進藤 守
進藤 守

ご指導ご鞭撻の程を宜しくお願い致します。

石峰 優璃
石峰 優璃

進藤君も来ていたのか、まぁ良いな!賑やかだ。

山吹 薫
山吹 薫

邪魔だったら直ぐに帰らせますね。

なんでだよー。と進藤はぐっと顔を山吹へと向ける。山吹はその視線には答えず主任を見る。

石峰 優璃
石峰 優璃

して・・・その『血糖』とは何だ?

山吹 薫
山吹 薫

読んで字のごとく血液の中を流れる糖分ですね。口から摂取された食事が分解されて血の中を巡ります。

進藤 守
進藤 守

膵臓から出るインスリンで細胞の中に取り込まれるんですよね!

右手を上げてまるで学生のように答える進藤を横目に山吹は主任を見る。主任は表情を変えずにふぅ。と柔らかい吐息を吐いた。

石峰 優璃
石峰 優璃

二人纏めて半分正解だな。そもそも何故その糖は必要なんだ?

進藤 守
進藤 守

えぇとエネルギーにするためですよね?

石峰 優璃
石峰 優璃

そうだな。それを得るためにまずは糖類は消化され、分子を小さくする必要がある。単糖類のグルコースへまで分解されて腸管より吸収される。

山吹 薫
山吹 薫

それが血中を運ばれて、細胞の中に取り込まれてエネルギーになるのですね。

具体的には?と石峰は続けてそう問う。進藤が視線を泳がせるのを横目に、山吹は主任を真っ直ぐと見る。

山吹 薫
山吹 薫

グルコースまで分解され血中を流れていくと、インスリンの働きで細胞の中に取り込まれます。そこでエネルギーを生み出すためにグルコースからピルビン酸と乳酸、まぁ更に細かく分解される解糖系という経路を辿ります。そしてその先のTCA回路、そして電子伝達系の中で酸素と結合し加水分解という経路を通って、体のエネルギーで有る大量のATP(アデノシン三リン酸)を生み出します。

進藤 守
進藤 守

よくそんなに覚えているな。頭の中にHDDでも入っているのか?

石峰 優璃
石峰 優璃

はっは。それは良いな。だけども容量が足りない。

山吹 薫
山吹 薫

最初に習うでしょう。最初に。

進藤の発言が気に入ったのか、石峰は破顔している。カルテを覗き込む時の、まるで良くできた陶器の人形みたいな表情はどこかへと消える。その表情が綺麗なのにと山吹は思う。

石峰 優璃
石峰 優璃

まぁ学生の頃最初に習う事だがイメージは尽き難い。いっつもそう思うのだがな。

進藤 守
進藤 守

確かにそうですね。臨床に出ないと分からない事も多いくらいですからねー。薫くらいじゃないか?覚えてんの。

山吹 薫
山吹 薫

そうではないだろう。そして過剰なグルコースは肝臓を通り脂肪として蓄えられます。主任には余り無さそうですが。

石峰 優璃
石峰 優璃

まぁ食べても太らんからな。もうちょっと筋肉質に成りたいものだ。岩水の奴みたいに筋骨隆々に成りたいものだよ。トランスファーが楽になる。

山吹は自分の先輩の岩水静(いわみず しずか)の姿を思い浮かべる。筋骨隆々のその肉体はまるで、山の様で性格もまた剛胆だ。決して名は体を表さないものだと山吹はそう思う。

進藤 守
進藤 守

石峰さん!それはもったいないです。

石峰 優璃
石峰 優璃

何の事だ?人を見上げるなんて性に合わんし、新人君を見上げるなんて我慢ならんからな。

山吹 薫
山吹 薫

まぁ見上げていますが多少見下してはいますよね。

ため息を尽きながら山吹はそう答える。それもそうかなと石峰は薄く透明にも近い桃色の唇を三日月の様に広げている。黙っていれば可愛らしいんだが。再び山吹はそう思った。

山吹薫の覚え書 21

・血糖とは血の中をめぐる糖分。それは炭水化物や糖質が分解されて出来上がる。

・インスリンの作用で細胞の中に取り込まれエネルギーを産出する。

・主任がカルテを見つめる時にはまるで感情の無い陶器みたいだ。

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』

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理学療法士。作家。つむぎ書房より『看取りのセラピスト』を出版。理学療法士としては、回復期から亜急性期を経て、ICUを中心に働き内部障害を中心に患者へと関わる。ご連絡はこちらからも→Xアカウント(旧Twitter)@tanakan56954581 他にも多くの小説ストックあります。

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