栄養管理の話 その④ 〜超急性期からの栄養療法とその選択〜

栄養

全くこの人はいつも唐突だ。山吹薫は奇妙に体を傾ける内海青葉を眺める。そしてそれに合わせて楽しそうに体を傾ける白波百合を見てため息を吐く。進藤守は何を考えているのか腕を組んで楽しそうに笑みを浮かべていた。

山吹 薫
山吹 薫

まぁ兎も角、在宅や臨床に於いても低栄養状態には合併症の可否や慢性疾患も大きく関わる事は分かりましたよ。これで満足でしょうか?

内海 青葉
内海 青葉

ええー全然足りないなー。ならもっと話を進めようかなー。じゃぁ後輩ちゃん!必要なエネルギーはBEEっていう基礎代謝量や基礎エネルギー量に活動係数とストレス係数をそれぞれ乗じて算出するって話したよねー?ならそのBEEに必要なエネルギーはどうやって確保するのかなー?

白波 百合
白波 百合

それは当然お口からっす!食事を取って・・・ってそれだけじゃないような・・・

進藤 守
進藤 守

そうだな。特に急性期や発症直後は異化が亢進する。肝臓に蓄えられたグリコーゲンや体の脂肪、筋肉を言い方はあれだが、分解して必要なエネルギーを摂取する。口から摂取する食物を外因性のエネルギーとするならばそれらは内因性のエネルギーだな。

内海 青葉
内海 青葉

ご名答ーじゃぁ特に急性期に於いては体が得るエネルギー量はBEEに活動係数とストレス係数を乗じた数に加えて、その内因性のエネルギーも加わるという事だねー。総エネルギー量とういう事かなー?

白波 百合
白波 百合

確かにそうっすね!あっでも!もし仮にっすよ?外因性エネルギーが十分に取れているとすると、内因性のエネルギーが加わる事でエネルギー量は逆に多くなりすぎるって事っすか?

どうだかなー新人ちゃん?と問いかける内海に山吹は眉を潜める。答えは知っているくせにと思いつつ、いつまで新人ちゃんだと声には出さずにそう思う。

山吹 薫
山吹 薫

それはoverfeedingという事ですね。過剰栄養と訳しても良いでしょうが、つまりは必要な外因性エネルギーに内因性エネルギーも含めると栄養が過多になるという事ですね。そしてその内因性のエネルギーの多くは正確には計算できないのが問題ですね。

白波 百合
白波 百合

えっ?でもエネルギーは有れば有る程良いんじゃないんすか?だってほら限度はあると思うっすけど、重症の方ほど必要なエネルギーは多いっす!

内海 青葉
内海 青葉

それはそうだけど、そうじゃない時もあるのさー。不思議な事に重症に成れば成るほどねー。そうだなー。現代では基本的に入院直後から経腸栄養が選択される。辛いけど鼻からチューブを入れてねー。これは何故だっけ?

進藤 守
進藤 守

早期より腸管を使う事により、腸管に住まう多くの免疫に関連する細胞も賦活されますし、腸管を使わない事によるイレウスや腸閉塞も予防できるとも言われますね。経口摂取が初めから出来るのが理想ですが、誤嚥のリスクや挿管されていると、そうはいきませんから。

山吹の耳の奥ではかつての救急科に響くサイレンの音が遠く鳴り響く。忘れたはずの日常なのにこうも鮮やかに浮かぶものだと思う。そしてその時の気持ちもまた同様に

内海 青葉
内海 青葉

そうだねー。そして早期より経腸栄養を行う事でその後のアウトカム、まぁ治療の結果も奏功する事が多いのは周知の事実だねー。そしてリフィーディング症候群も予防出来るのさー。

白波 百合
白波 百合

なるほどっす!それで・・・そのりふぇーでんぐ症候群って何っすか?

山吹 薫
山吹 薫

リフィーディング症候群だ。例えば長期間栄養を十分に取る事が出来ないと、当然必要なミネラルも枯渇する。そしてグルカゴンといった膵臓からのホルモンにより血糖は維持される。その状態を改善するために急速に大量の栄養を投与すると、血糖値も上がる。そしたら今度はその血糖を適正化してエネルギーに変換するためにインスリンが大量に分泌される。

進藤 守
進藤 守

その結果、血中のグルコースは細胞に移動する。それだけならまだマシなのだが、それに合わせて、ATP(アデノシン三リン酸)というエネルギーを産生するのに必要なリン酸もまた細胞の中に入り込む。その結果血中のリン酸濃度が低下して必要なエネルギーが枯渇する。そのATPは酸素を運搬するのにも使われるから、高度の心不全や呼吸不全、意識障害や四肢麻痺症状といった多岐にも渡る重篤な症状が生じる。まぁ臨床では適正にコントロールされるから昨今はあまり見なくなったが、確かにある症状だ。

身を固める白波に大丈夫だよーと内海は声をかける。人と人が関わる事で人は変わる。白波がこの病棟に訪れて知った事だけど、また人と人が関わる事で気持ちまでもが過去に戻ってしまう事もあることを山吹は感じる。

内海 青葉
内海 青葉

まぁどちらかというとリフィーデング症候群予防もだけど、発症後から早期の経腸栄養を行う事で確かにその後の合併症予防やアウトカムの向上につながるから大切だよねー。そして敗血症、もしくはそれに類するショック後は全身に重大な炎症が生じているのさー。ストレス係数で言うと1.5以上になるねー。だけどもそれでもボク達は廃用症候群予防のために早期離床を行わなければならない。ベッドサイドでのリハビリは活動係数が1.3としようかな?体重60キロに人なら何キロカロリー必要?

白波 百合
白波 百合

えぇと、60×30で1800っすよね?それに1.3を乗じて2340、そしてストレス係数の1.6を乗じると、3744キロカロリー!こんなに必要なんすか!?

進藤 守
進藤 守

そして仮にそれが満たされているとして、それに内因性のエネルギーも加わるから更に総エネルギー提供量は増える。だが現実的には物理的に非常に困難だ。逆に弊害をもたらす事もある。

山吹 薫
山吹 薫

ただえさえ体の中は高度の炎症状態だ。ストレスホルモンにより異化は進み体の中も高血糖になり易い。そこに更に過剰な栄養を与えると更に高血糖になる。高血糖の状態は炎症を更に助長し、治癒を阻害する。またグルコース毒性というものもある。インスリン抵抗性の過度の上昇をきたす事もある。ともかく現代では選択される事は少ない。もちろん超急性期に限ってだ。

内海 青葉
内海 青葉

だねー。そして今は逆に超急性期や急性期ではunderfeedingがスタンダートされているね。もちろんその時の状況によって変わるからあくまでスタンダードという事で。だけどもそういう状況でもリハビリは行われる。必要な栄養が足りていないのにも関わらず、合併症を予防するためにも超早期からの介入が必要なのさー。もちろん救命のためにねー!さてそれはどうすれば良いのだろうねー?

不気味な笑みは浮かべて内海は体を傾ける。答えは知っているくせに。と山吹は眉を片方上げつつ、もしかして主任が居なくなった答えも知っているのか?そう思ったが、その言葉はどうしても心の奥底から出てこようとはしなかった。

白波百合のノート 105

・炎症期、特に高度の状態では食事等の外因性エネルギーに加えて、異化が更新する内因性のエネルギーも生じる。

・過剰な栄養投与はoverfeedingとなり、グルコース毒性などの種々の状態変化を引き起こす。現代ではunderfeeding、だけどのその状態でリハビリを行わなければいけない。

・やっぱり救急科は難しいっす。その主任は内海先生より凄いんすか・・・

【〜目次〜】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。

【総集編!!】

【これまでの話 その①】

【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】

コメント

タイトルとURLをコピーしました