さてやっと本題だな。と山吹薫は不安そうに俯く白波百合を眺める。その姿を見て、らしくない表情だなと首を傾げた。
急変の概要は大体分かったと思うが、臨床やその他でもよくあり、そして問題視されるのがこの窒息だと僕は思うよ。これはまぁ広義だがその中で上気道閉塞として話そうと思う。
上気道って事は鼻腔、咽頭、喉頭、ままー喉仏から上くらいって事でええやんな?そこが閉塞してしまうと息が出来なくなるって事やんな。
そうだな。窒息は呼吸が阻害されて、血中の酸素がなくなり、二酸化炭素が蓄積する。その結果脳や内臓組織に機能障害を来す。その原因に上気道閉塞があるって事かな。言い方を変えれば原因が喀痰にあるとなると、痰詰まりなどと表現される事もある
なんらかの原因で気道が詰まってしまうって事ですよね。その結果窒息してしまい、脳や他の臓器が障害されてしまう・・・
・・・それで・・・その原因は何なんですか?
坪井咲夜と上代葉月に挟まれて白波はじっとこちらを見ている。表情は険しく笑顔はない。そこで初めて山吹は、あぁそうだったと気が付く。そしていつも自分はそうだと山吹は額に手を当てる。
何から話そうか・・・呼吸が苦しくなるという事は様々な原因がある。気道が閉塞する以外にも心臓が弱って全身に酸素が行き渡らない、他にも全身性の高度な炎症で酸素の消費が供給よりも大きくなる。肺炎が進行し酸素を取り入れてもうまく血中に行き渡らせる事が出来ない。様々だ。今回は上気道の閉塞の話だが、根本的に体に酸素が物理的に入らなくなるという事かな。
空気の通り道自体が塞がれてしまいますからね。息を吸おうにも吸えなくなってしまいますから・・・
息を吸うにも努力が必要になるな。肩で息をするだけでは無くて、息を吸うときに首の筋肉が浮き上がって、相対的に鎖骨の上がへっ込んだり、喉仏が下に下がる。喉頭隆起の下方牽引が見られる状態やな。
それはただの息が切れる状態とは大きく違うっすね。だって息をしようにも息ができないって事っすから。
白波がこの病棟を志望した理由、そしてかつてのプリセプターとの確執は耳に挟んだ事がある。正直そいつは自分も嫌いだから別に良いのだが、過去に触れるという事は其れだけ覚悟がいる。お互いに。
先ずは単純に上気道が閉塞する状態。イメージしやすいのが誤飲によるものだ。喉に餅を詰めるといった事は少ないようで実は多い。その他にも嚥下機能や咀嚼する機能が低下しており誤って呑み込んでしまう。普段と同じだと思っていても、見えない部分の機能低下は周りからは分かりにくい。
確かにそうっすね。食事と関連してしまう事もあるっすから。それに痰が多い、もしくは硬い人もまたリスクは高いと思うっす。有効に口から痰を出せない、だけども肺炎などで痰の分泌が増えてしまう。寝たきりの状態が続くとそうなってしまう時があるっす。
そうだな。そのために早期の離床や離床の習慣をつける事が優先される理由の一つだ。今回の急変の方は・・・そうだな。硬い痰の貯留だ。そして前後関係は分からないが意識障害もまた起こしていた。
防げたかもしれないけれど、やっぱり難しい問題ですよね。意識障害が起こると仰向けで寝ていると特に舌の根っこが気道を押し込み、舌根沈下が起きてしまいますから。余計にリスクは高まると思います。
それに咽頭自体が腫れてしまう咽頭浮腫の状況もあるやろ?頻回な吸引や少ないけれども抜管直後だったりするらしいな。
そうだなと山吹は白波の表情を見る。必死を超えて悲壮にも見えるその表情は、いつかの自分の表情にも見える。
上気道の閉塞はやはり致死的にもなり得る症状だと思うよ。高度の意識障害に伴い舌根が沈下し、気道内の浮腫がある。そして痰も硬く多いそういう状況も少なからずある。その時には緊急での気管切開や挿管され人工呼吸器管理となる事も多い。
そうっすか・・・でも予防しようにもできない事もあるっす。そうなったら自分らは何も出来ないんすかね・・・
そうでもないよ。ある意味そうなる事で気道は開通し、空気の通り道は確保されるから意識障害は改善し、症状は落ち着く。挿管しなくても吸引や体位ドレナージの併用、内視鏡治療などで症状も改善する。大切なのは予防と早期発見だ。
なるほどなぁ。でもそんな時でのリハビリでもやれる事はあるやな!ちょっとやる気出てくるわ!
そうだね。でもその設備によっては難しいかもしれないけど、それでもその時に必要な介入が出来るように知っておく事が必要だね。
そうっすね。と白波は腕をぎゅっと握る。こんな表情の白波にどう言葉をかけていいかは分からないが、自分に出来る事はこれくらいだと山吹は思う。
他にも飲食中に異物を喉に詰めた際には、いわゆるハイムリック法が有効であるし、妊婦や幼児の場合には背部叩打法が有効になる。知っておく事で出来る事も多い。何よりも助けを呼ぶ。医療従事者でもそうでなくてもそれだけで状況は大きく変わる。
そうっすよね!でもやっぱりそうならない事が一番っすよ。それにそれをいち早く知る事と予防が大切っすよね。
何事もそうやな。リスクの予測は十分に必要やしな。知っておけば怖く無くなる事もあるねんから!
ならその見抜き方もまた先生から教えて貰おうか!
だから先生ではない。と答えつつ上代の触れる白波の肩がわずかに震えているのに気が付いた。トラウマになるほどの過去は誰にだってある。だけどもそれは乗り越える事が出来る。変えられなくても・・・そのためには僕はこれしかできないのだろうか。山吹はそっと額に手を当てた。
白波百合のノート 110
・上気道が閉塞する事で窒息の状態になる。その原因は誤飲の他にも舌根沈下や喉頭浮腫、痰の過剰な貯留と様々である。
・気がついたらすぐに行動する。適切な処置によりすぐに気道が開通すると症状は治まる事も多い。難しい事もあるかもっすけど・・・
・大丈夫・・・大丈夫・・・
【〜目次〜】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
【総集編!!】
【これまでの話 その①】
【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】
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