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「君たちの言う正常で正しい動作は私にとっては呪いの言葉でしかないんだ!」
僕と彼女は、人生における転倒から立ち上がれず暗く正常からは逸脱した場所で再び出会った。
現職の理学療法士が記す本格リハビリテーション小説。
山吹薫の長い昔話が終わり、いつもの休憩室は夜の帳と一緒に静けさに包まれた。
先輩は、ずっと苦しんでいるんすね。と白波はうつむいたまま膝下の両手をぎゅっと握った。
自分と同じ名前を持つ、先輩の憧れる主任がいて、ただ憧れるだけではなく愛していたんすね。
上司としてではなく、ひとりの女性として。
もっと悔しいと思っていたし、とても悲しく感じると思っていた。
だけど、先輩は自分の気持ちにすら気がつけていないことに、どこか憤りすら感じている自分が不思議だった。
臨床で、この大きな回復期病院の小さな一般病床で先輩と過ごした。
長いようで短く、そして今までの臨床では得られなかった知識や技術を学んだ。
ただ心は、心だけは違う場所にあると改めて思う。
先輩はずっと過去にいる。過去の中で日々を繰り返しずっと前に進めていない。
もちろん技術や知識の話ではない。過去の呪縛、呪いと言ってもいい主任との日々を愛おしく、望み、繰り返しているだけだ。
自分は黙ったまま手元を見つめる先輩に、必要な言葉を持っていない。
触れることすらもできない。
ちょっと前までは意識していなかった、分厚い大気が質量を持って互いの間に存在している。
「付き合わせて悪かったな。つまらない話だっただろう」
先輩は言って口角を片方だけ上げた。目尻は和らげ泣き出しそうにも見える。
どうにかしてあげたいと思った。
話を聞くだけできっと先輩の気持ちは、わずかにでも楽になるのではないかと考えていた。
臨床ではそうだったから。少なくとも今まで目にした患者は同じだったから。
でも真の意味では違うのだと今、実感した。
自分はただきっかけを与えることしかできないのだ。
立ち直るきっかけを。蜘蛛の糸よりもずっと細い救われるための導を渡し、あとは患者が患者自身で救われようと導を頼りに前に進む。
身を引き裂くほどの無力感を感じている。
同時にだから先輩は自分に話さなかったのではないかとも思っている。
どうにかして救われてほしい。
先輩が思っていなくても、先輩が与えたきっかけで救われた多くの患者のように救われてほしい。
願わくは自分が救いたい。でも方法がわからない。
「先輩は・・・石峰優璃さんにまた会いたいですか」
彫刻のように固まってしまった先輩は何も言わない。答えだけが明らかだった。
「もうずいぶんと遅くなってしまった。明日も仕事だろう? ゆっくり休め」
先輩は立ち上がり、休憩室を出ていく。
パタリと乾いた音を立てたまま閉まるドアの音を聞いて、泣けてきた。
【〜目次〜】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
【心揺さぶるストーリー!理学療法士×作家のタナカンによる作品集!】
小説の中では様々な背景や状況、そして異なる世界で生きる人々の物語が織りなされます。その中には、困難に立ち向かいながらも成長し、希望を見出す姿があります。また、人々の絆や優しさに触れ、心温まるエピソードも満載です!
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