白波は両手に文献を持って廊下を歩く。綺麗に整えられているとは言え無いそれは不揃いに端々が飛び出ている。
頬は僅かに上気して足取りは軽く胸も僅かに弾んでいる。
なぁなぁどうしたん?何でそんなに楽しそうにしてんのー。
ふっふー。ついに患者様を受け持つことになったっすー。
そうかそうか・・・ってアンタ。今まで何してたん!?
一応名目上は担当していたっすけど、先輩におんぶに抱っこだったっす!
はぁー。っと口から力と一緒に息を吐く坪井に白波は首を傾げる。
山吹さんらしいというか、責任感がある。といってしまえばそれまでやけどなぁ。よっしゃどうせ今から先輩のところやろ?
当然っす!昨日考えたプランを相談っす!
ほぉ。ほな楽しみにしとくわ。
うっす!と両肩を白波は肩を上げる。坪井は両手を後ろにその後に続き休憩室へと向かった。
たどり着いた休憩室の前で白波は一度大きく息を吸う。
たのもー!
道場破りでもすんのかあんたは・・・
・・・また何だか賑やかなのが来たな。
山吹は文献の端を整えるとデスクの横に置く。
ちょっとリハビリテーションプログラムについて聞いて欲しいっす!
ほぅ。それはちょっと興味があるな。新しい担当の話だな?
ウチも興味あって来ましたー!
まぁ良いだろうね。それで?
白波はうっす!と一言答えると膝に文献の束を置く。
先ず、この方の目標は在宅復帰っす!
・・・診断名は?
うっ!?胸腰椎圧迫骨折っす!そして・・・
どこの圧迫骨折だ?
えぇと・・・第12胸椎と第1腰椎っす。
まるで口頭試問やな。あーいやいや!緊張するわー
ちょっとは坪井君も緊張したらどうだ?と山吹は目を細める。
山吹さんもそんな緊張させんと、いつものように話したらええのにー
意地悪した訳でもないんだがな。とにかく患者様の話を最初にする時には、相手が何も知らないと思って順序立てて話そう。まず自分の中で整理をしてそれから報告する。
うー。最初からそう言ってくれたら良かったのにっす。
そして、そもそも疾患や受傷の事を知らなきゃいけないね。その腰椎圧迫骨折とは何だ?
白波は気を取り直して、姿勢を正す。まさか患者様の話の前にやる事があるだなんて、でもまぁ納得は出来た。
腰椎がその、、、尻もちをつくなどしてこう・・潰れてしまう事っす。
あれやんな!こう丸いはずの椎体が前の方にぐしゃっと潰れる。そんな感じやんな?
まぁイメージで捉えて最初はそれで良いのかもしれないがね。とにかく脊椎圧迫骨折、椎体圧迫骨折でもあるが、何らかの要因で椎体と呼ばれる脊椎の丸い部分に圧迫するストレスが生じて起こる骨折だ。特に高齢者、骨粗しょう症や女性に多い骨折だね。受傷機転は君の言う通り後方への転倒、つまりは尻もちが多い。
白波はふむふむ。と何度か首を縦にふる。確かにリハビリの前に先ずは疾患の勉強が必要っすね。と改めて感じる。
特に超高齢になり骨粗鬆症を患っていると、長時間偏った座っているうちに変形を伴い、腰痛が続くと悩んでいて、受診すると気が付いたら折れていた。なんて事も聞く。
確かになー。他の疾患で入院しても合併症としてカルテに書いてあるもんなー。
ふむふむ。なら今回の患者様は胸腰椎圧迫骨折という訳っすね。
そうだな。そして受傷機転は後方への転倒。そして骨折の種類はどうだ?
えぇと椎体の圧迫骨折っすけど・・・
ふむ。まぁ診断基準や重症度にもよるが、大きく分けると椎体がやや潰れているだけの安定性骨折か、椎体がこうグシャッと折れてしまう不安定性骨折のどちらだ?
白波はえぇととデスクに置いた文献を幾枚かめくり、ハッと顔を上げる。
ここには何も書いてないっすけど、主治医の指示はコルセットの装着とそれ以降の離床っすね。レントゲン上もこう前の方が潰れているようにしか見えないっすね。
なら手術の必要もないという事だね。ならきっと安定性骨折だろう。もし手術の必要性があるならば圧迫骨折ではなく破裂骨折に名前を変えるね。不安定性骨折という事になる。これはまぁ交通外傷などの高エネルギー損傷でも起きる大変な骨折だから。まぁ受傷機転からそうでもないだろう。
なんか学校の授業と違ってすっと頭に入ってくるなぁ。山吹さん先生になってもええんとちゃう?
坪井は足をプラプラさせながらそう言う。確かにと白波は今更ながらそう思う。
それは辞めておくよ。こう騒がしいのが毎日だと肩が凝る。
やっぱあかんわー。一部の生徒にしか絶対人気でぇへんわー!
もー楽しくて良いじゃないっすかー。
何がだ。と山吹は眉を潜める。白波は頭を整理しながらもう一度文献に目を通す。まだ始まったばっかりっすね。もう一度大きく白波は息を吸った。
白波百合のノート 59
・最初に報告するときには相手が何も知らないと思って報告する。その方が話が伝わりやすい。
・同じ受傷機転でも安定性骨折か不安定性骨折に分かれる。椎体の形状や主治医の診断を良く見る。圧迫骨折か破裂骨折か。それで大きく異なる。
・山吹さんが教えるのが上手なのは何故だろう?
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