その日、白波百合と坪井咲夜、上代葉月は高橋美奈が開くという健康教室に足を運んでいた。そこでは年齢も様々な人たちが訪れており盛況な様子に三人の心も弾む。そしてそれらに混じって高橋の指導を受ける。
あかんー!これ以上曲がらへん!死ぬー!そして葉月はなんでそんなにぺったり足が開くねん!
えっ?結構楽に出来るよ?努力かな?
それはそうっすけど・・・こんなに自分の足首が遠いっす・・・
ほらほら!まだまだ若いんだから頑張るー♪
姐さんこれ以上は無理や・・・と高橋に背中を押されながら坪井は悲鳴をあげる。そして午前中に開かれた教室も盛況のままに終わり、教室から誰もいなくなった後、三人は高橋の元へと向かう。
美奈さんお疲れ様っす!大盛況ですごいっすよ!
さすが美魔女の教える健康教室ですね。流石です!
あの強気な広告もまた姐さんらしくておもろかったわ!しっかし大変やったとちゃうのん?
そりゃねぇ。企画運営は旦那さんに手伝ってもらったけど、やっぱり一番大変だったのは病院と違って、手元に画像所見も、生化学検査も何もない訳でしょ?診療情報をそんな直ぐに貰う分けにもいかないし、まるで目隠しで運動処方をしている様な気分だったわ。
優雅に汗を拭いつつ、高橋はそう答える。それもそのはずだ。健康なスポーツ少年たちを教えるとは違いこの教室に訪れたのは年齢は様々で高齢の方もいる。それでもやり遂げるところがこの人の凄い所やなと改めて坪井は思う。
でも美奈さんの言う通り、病院と違ってこういった場で運動を処方するのは、ちょっと自分も怖いと感じるっす。それはまぁ自分が勉強不足なだけとは思うっすけど・・・
でもそうだよね。例えば相手の人が主観的にも客観的にも健康だって分かっていれば良いけど、それを診断する医師もいない訳だからね。
病院でリハビリをする時には、もちろん主治医より運動しても大丈夫っていう前提があるやんな?でもこういった開けた場所で運動を処方するって事はその前提がない訳やから・・・大変やな。
そうね。もちろん病院でも特に入院直後では情報も十分ではないから、レントゲン結果や血液検査、生化学検査結果である程度、主治医より診断されていなくてもアレ?って思う事もあるでしょ?そして改めて検査をしてみたら実は・・・って事もあるわね。でもここではそれが無い。まぁちょっと大変だったけど、全く何も出来ない事でも無いけどね。
さすが百戦錬磨の救急科出身の作業療法士さんって訳やな。でもそれはどないしたらええの?
ふふーん。と高橋は得意げに笑みを浮かべる。その完成された微笑みは正直、造形美やなと坪井は思う。そしてその心の中に住まうのは悪戯心満載の魔女な訳やから、そもそも敵わへんなとも思う。
それは基本的に聞こえるかもしれないけど、問診・視診・触診、いわゆるフィジカルアセスメントが大切だと思うわ。
なんか意外と普通やな。もっと凄い必殺技みたいなもんがあるかと思ってたわ。
ちょっと咲夜!でも確かに驚きはしなかったですけど、でもとっても大切な事ですよね。
言葉だけではそう特別に感じないっすけど、とっても重要で難しい事っすよね。先輩とリハビリしてると良く分かるっす。各種のデータを下地にしつつ患者様の病態がどの程度進行していて、そして新たな疾患が生じていないか。それを見つける事にも繋がる訳っすから。本当に洗練されたフィジカルアセスメントが出来るセラピストや看護師さんは、医師にも負けずとも劣らないと思うっす。
あらあらありがとう。もちろんそれは多くの事を勉強して、そして数々の事を経験しなければ難しいわ。でもどんな評価法も突き詰めたら此処に至るとも私は思うの。もちろん内部障害に限らずに、全ての疾患に関連してね。
確かになぁと坪井は思う。こうやって単純に話していてもその瞳は心の奥を覗いている。そんな気分になる。特に救急の現場ともなると、隠されている疾患もまた多いんやろなぁと坪井は優しく裏のある笑みを作る高橋を見る。
例えばそうね。こうやって見ていても僅かな表情の変化で、白波ちゃんが何かを悩んでいたりするのは分かるわ。咲夜ちゃんがストレッチ頑張りすぎて太ももの裏がつりそうになっている事、葉月ちゃんがちょっと寝不足とかそんなこともね。
いやぁそう言われるとなんか照れ臭いというかなんというか。でもそういった変化を見抜けるのは本当に凄いっすよね。看護師さんもそうですもん!
そやな。そういった精神的な変化は身体的な変化、病状の変化のきっかけやったりするもんな。ウチの痛みはほぼ姐さんのせいやけどな!
・・・うん。そうだね。そしてその視診で気がついた事を詳しく問診で聞いていくことも大切そうですね!最初の問診で病歴の詳しいところを聞いて、視診で確かめる。そして視診で気づいた事を問診で詳しく確かめる。だけどもそのベースにあるのは基本的な医療の知識!ってことですね。
そういうことー!と高橋は上代に人差し指を向けてポーズをとる。しかしこの姐さんよりも凄い主任が居て、山吹さんはその姿を追っている。それに姐さんが白波の名前だけ呼ばないのもきっとその存在があるからなのだと思う。
そして問診視診と進めてもっと大切なのは触診、実際に触れるという事だと思うの。バイタルサイン測定も機械で出来るようになってきたけど、例えば脈に触れて見て値は正常でも不整脈が強くなっていたり、手足が冷えている、筋肉がこわばっていたり、浮腫んでいたりする。それらは見ている事以上に触れる事で分かることなのね。
そうっすね。問診や視診で気がついた事を触れて確かめる。基本的だけど重要っす!
それに意外と別の疾患も隠れていることが多そうですね。それに気がつくためにもやぱり基本的な知識は大切ってことですね。
しかしでもそれは山ほどあるやろ?でも病院みたいに、回復期病棟でもそうかもしれへんけど、頻回に客観的な医療の情報が得られへん中ではそれが一番かもしれへんな!でもやっぱり具体的にはどうしたら良いん?
ふふん。ならまずは基本的な運動処方について、おさらいしてみようか?
はーい!と三人は一緒に返事をする。そういえばウチらにはこう言ったお姉さんが居なかったからなんだか楽しいとも思える。こんな小さな教室で穏やかに過ごすそんな日々。それは姐さんの望んだ事なんやろか?坪井は穏やかに話し始めた高橋を眺めながらそう思った。
白波百合のノート 124
・民間で診療情報が何もない中で運動処方をするという事は目隠ししながら運動処方をしているのにも近い。だから要注意。
・問診、視診、触診でのフィジカルアセスメントはとっても有効!だけどもそれには基本的な医療の知識がとっても必要。←要特訓っす!
・美奈さんはみんなのお姉さんみたいでとっても落ち着くっす。ちょっと意地悪っすけど・・・
【〜目次〜】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
【総集編!!】
【これまでの話 その①】
【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】
【時間がない人にお勧めのブログまとめシリーズ!】
【ウチ⭐︎セラ! 〜いまさら聞けないリハビリの話〜】
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