僅かに静けさの漂う休憩室のドアが開き、長身でいて何処か眠たげな顔をした進藤守が顔を出す。
よぉ!あの賑やかな娘が随分と急いで走って行ったが何かあったのか?
お前・・・
そうだね。だけどもうやる事は決まったから。それよりも進藤さんも呼吸不全の事を教えてよ!
ん?と進藤は首を傾げて、沢尻悠はそれに詰め寄る。なんとも間が悪い男だと山吹薫は頭を抱える。
なんだ今日は随分と真面目だな。呼吸不全はそうだな・・・理解するにはまず呼吸の状態を理解する事が必要だな。簡単に言うと呼吸は外気のO2・・酸素を体の中に取り込み、そして代謝の段階で産出されたCO2を体外に出す事だな。肺と血液とのやりとりを外呼吸、血液と細胞とのやりとりを内呼吸と言われる。
そうだな。そしてそれが肺炎や心疾患などで極端に破綻した状態で陥るのが呼吸不全だ。基準もあるがそれは簡単に病態をおさらいしてからだな。その方が分かりやすいと僕は思う。
ふむふむ。そうだね。ならまずは肺胞低換気と言われる状態。これは読んで字のごとく、酸素を血液に送り出す気道の末端の小袋である肺胞が低換気に陥る状態。つまりはそこを酸素で十分に満たす事が出来ていないって事かな。
なんか今日は元気だな!そうだ。肺胞はさっき話した外呼吸を司る場所であるから、そこに肺炎による気道狭窄や神経筋疾患、もしくは呼吸の抑制かな。その状態でその病態は引き起こされ、血中の酸素は減少し、進行するとCO2は蓄積する。
この男はと山吹は頭を抱える。空気を読んでいるのか、それでいて読んでいないのか全くわからんと思う。元は似た者同士だろうにとも思う。
そして拡散障害だな。これは肺胞から血中に拡散、つまりは二つの濃度の違いを均等にする動きの事だが、ガス交換の際に酸素濃度の高いはずの肺胞から酸素濃度の低い血中へと酸素が拡散する事が障害されるという事だな。もちろんCO2はその逆の動きとなる。
これは一つは肺胞と血液の間の細胞間質が著しく肥厚し、酸素がうまく拡散されない、間質性肺炎や広範な肺水腫といった事でも起こる。よく聞くのは間質性肺炎だな。しかし酸素と違って二酸化炭素はそもそも拡散しやすい性質があるから値としては正常としても出る事が多い。
ふむふむ。酸素を貯めて送り出す間の壁が厚くなるという事だねー。それに受けて側の問題もあるんじゃないかな?例えば肺に流れる血液の中に酸素と結合するはずのヘモグロビンが少なければ、血中に酸素は拡散出来ないでしょ?
そうだ。よって呼吸リハビリをする上でも貧血は重要なキーワードになる。呼吸の機能はもちろんの事、心臓の機能や酸素の代謝にも目を配らないといけない。
進藤は意図の読めない視線で一度山吹を見る。なるほどまたコイツは余計な御世話を・・・と山吹は一度首を振る。
そして換気血流比不均等って事だね。結局はまずはこれを念頭に置いてリハビリする事が多い気がする。オレ的にはだけどね。これも読んで字のごとく換気量と血流の不均等が生じるって事だね。もちろん何度も話した外呼吸の話だねー。
例えば心臓が正常でも後半の肺炎にて無気肺、また機能してない肺の部分があるとして、これは血流が正常でも換気が不十分のために換気血流比不均等という事になる。そして逆に肺水腫に至るほど心臓から上手く血液を拍出出来ないが、肺は正常といった時も逆ではあるが、換気と血流比の不均等となる。
もちろん心臓は正常でも気道の狭窄で肺に酸素が届かな時もそうだな。つまる所、全ての疾患に通じるとも言えるね。そしてそれは正常範囲内で健康な人にも起きる。例えば仰向けになると当然血液は背中の方に行く。だけども血液は多くても寝ていると肺は動き難いから背面の肺は上手く酸素を取り込めない。となると仰向けの上の方には酸素は多いが血流が少ない、背面は血流は多いが酸素は少ないという事になる。寝たきりで呼吸状態が悪化する一つでもあるし、呼吸が苦しい時に座って息を整えようとするのもこれも一つの要因だな。
まぁいい加減進藤とも腐れ縁だから、それくらいは分かる。コイツさて何もかも知った上で知らないふりをしているなと目を細める。
そしてシャントという事だな。これは透析の際に作られるシャントを思い浮かべるかもしれないが、これは元々短絡路という意味で、要は近道だな。そういう言葉に使われる。そして肺のシャントもまた結果的に存在する。
正常な範囲でも気管支の静脈から肺静脈へと入ったり、左心室の小静脈が左心室に流入するシャントもある。だけども重要なのは病的な状態で、それは高度の無気肺や肺胞が虚脱、つまりは潰れてしまっていると肺胞を経由せずに血流は進んでしまう。つまりは近道をしてしまう訳だな。
なるほどね。そして今まで話した原因によって、CO2は元々通りやすいから大丈夫だけど、O2の代謝が障害された状態の1型呼吸不全、基準値はちょっと専門的だけどPaO2:60torr以下で PaCO2:45torr以下になる。低換気だけどCO2は割りと正常って事かな。そして肺胞自体の低換気によって両方が障害された2型呼吸不全ではPaO2:60torr以下で PaCO2:45torr以上になる。酸素も取り込めないし、二酸化炭素も吐き出せないって事だね。
そしてこれらは度々合併するし、高度のCO2の貯留は呼吸の抑制を起こす。そして我々はその治療と並行してリハビリを行う訳だがそれに関連する因子もある。それをまずは学んでみようか。
たまには先輩らしいじゃん。という言葉を山吹は聞き流す。本当に学ぶ事は多い。そう思った。
山吹薫の覚え書 52
・呼吸不全の基本的な病態には肺胞低換気、拡散障害、換気血流比不均等、シャントが存在する。
・呼吸不全には1型、2型と存在するがどちらもその時点で重篤度の高い病態だ
・進藤守はやはりおせっかいだ。
【〜目次〜】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
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