業務の終わりはいつも気怠い。上代は大きく伸びをした。
気の抜けた声が出て、少し恥ずかしい。
なーなー百合がどこ行ったか知らへん？
いつの間にか隣には咲夜が居る。小柄な彼女は良く視界から消える。
そう言うと怒るのだけどね。と上代は坪井を見る。
山吹さんの所でお勉強中だよ。
なっ！最近勉強ばっかやな。ええことなんやけど・・・
うん。でもこの前参加したけど、結構楽しかった。
なっ！坪井は大きく仰け反り目を丸める。大きな瞳は更に丸く、その表情をみて上代は笑みを浮かべる。正直その表情を見るのは好きだ。
アカンやん！ウチだけ仲間はずれやん！そんなんアカン！
なら行ってきたら？場所はわかるでしょ？
・・・ほなそうするわ！
坪井は素早く踵を返し、再び上代の前から姿を消した。
冗談のつもりだったんだけどな・・・まぁ良いか。
上代は再び大きく伸びをする。今度は自分も行こう。そう思った。
お祭りが終わるとちょっと気が楽になるっす。
白波は気の抜けた顔で大きく欠伸をした。それを眺めつつ山吹は目を細める。
せめて口に手を当てたりしたらどうだ？
ほぇ？何がっすか？
何でもない。山吹は文献に目を落とす。いつも通りだと白波はそう思った。
しかし休憩室のドアがガタガタと音を立て、白波と山吹は同時に音の方向を見る。
たのもー！！
咲夜！？
休憩室のドアは派手に開け広げられ、仁王立ちの坪井がそこに立っている。
一体どうしたんすか！？派手に登場なんかして！？
ウチを除け者にして、楽しくお勉強なんてゆるさーん！
ちゃんと今度連れてこようと思ってたっすよ！
そうかそうか・・・って今度じゃ遅いわー！
へへへと白波は嬉しそうに笑う。山吹だけがその状況に取り残され、二人のやりとりを目で追っている。
そんなこんなで参加させてもらいますー。あっ咲夜と言いますー。
お・・・おう。
先輩が珍しくたじろいでるっす。坪井はズカズカと休憩室に入り、白波の隣に腰掛ける。
山吹は流されるままに白波に目をやる。それに答えるように白波は一度頷いてみせる。
何も伝わっていない・・・山吹は目を細めた。
お前の同期で、今度は同類項か？
そうっす！同期の坪井咲夜っす！って何すかその表現は！？
気軽に咲夜ちゃんとお呼び下さいね！
片手を上げて、坪井はまっすぐと山吹にそう答える。その声に山吹は更に目を細める。なるほどこういうタイプは苦手っすね。と白波は心の中で笑みを浮かべた。
そんで今日は何をお勉強するん？
今日は『腎機能の見方』っす。前、上代が来た時のセリフに感銘を受けた先輩が・・・
その説明はいらんだろう。
ふん。と山吹は鼻を鳴らす。へぇーと坪井は身を乗り出し、高くよく通る声に山吹は仰け反る。
ええ感じやないですか。ほなどうぞ！
だそうっす。ではでは始めるっす。
話すのは僕だろうに・・・
二人並んで体を左右に揺すっているのを見て、本当に同類項だと山吹はそう思う。
先ずは腎機能について簡単に。腎臓は体の血液をろ過して、不純物、まぁ代謝産物を体外に破棄し、必要なものを再吸収する。そして体のバランスを整える重要な臓器の一つだ。
まさにリサイクルショップっすね。
つまりはデトックスって事やんな？
ふむ。と山吹は口元に手を当てる。前に来た子と良い、自分には無い表現をするものだと思う。
まぁそういう事だな。その分仕事も多い、生活習慣にもよるが年齢を重ねる事で障害されやすい臓器でもある。そしてそれは過度な運動療法で増悪する事もある。
腎機能が低下していたらリハビリすんなって事なん？
そういう事ではないよ。まぁちゃんと理解した上で用法用量を守る。という事だ。
なるほどなー！それはどうやったらわかるん？
ちょっと咲夜。言葉使いに気をつけるっすよ。
まぁ話しやすいように良いよ。僕はあまり気にはしない。
ほらなー！と坪井は得意気だ。何だかモヤモヤするっすねぇ。と白波は出所のわからない気持ちに戸惑う。しかし、咲夜が何か喋る度に、逃げる様に身を仰け反らせる先輩はちょっと愉快だった。
だったらいいっすけど。でも体の中が整わないとリハビリ内容もいろいろ考えないとダメっすからね。その腎機能の低下はどうやって見たら良いっすか？
うん。ならばそれをゆっくり考えていこうか。
はいはーい！お願いしやすー！
うっす！と白波は頷く。山吹は黒猫のマグカップを口元に運ぶ。坪井はその二人を見比べて、なるほどなぁ。と心の中で笑みを浮かべる。
白波百合のノート 25
・腎臓は体の不純物を排泄して、使えるものは再利用する。
・腎障害が確認されたらリハビリの用法用量を考えなければならない。
・なんだかモヤモヤする。
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