山吹薫の独り言 その③ 〜臨床での勉強と学び〜

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いつもと違って今日の休憩室は静かだ。

白波は何か用事があるとか言って、休暇を取っている。

西日が格子の形をした影をデスクの上に広げている。

そして束になった文献はそこに積み上がっている。

電子書籍に変えるかな。

そうは思って見ても紙の束にして目を通さなければ目の上を滑る。

どうもそんな気がする。

教科書を開いて勉強する事は随分と少なくなった。

その分荷物は少なくなったのは良い事だけれど。

学生時代や働き出してからは何の疑いもなく教科書を使い学ぶ。

しかしそれに矛盾を感じ、参考文献を確認し、それに飽き足らず最新の所見に目を通す。

その多くは大きな病院の研究データであるために、それを臨床に降ろす。

臨床の中でデータを集め更に、実用的に洗練させる。

それはこの仕事を続ける限りの義務だと思う。

まさにそれは自分の中に教科書を作る。そんな気分だ。

患者によって辿るプロセスは違う。しかし共通するものもまた多い。

そして日々、医療の世界は進歩する。それは何も最新機器の揃った大きな病院だけの話ではないのだ。

だから僕らは学び続けなければならない。

今当然の治療はリハビリテーションもまた、時代を跨ぐと薬から毒へと変わるかもしれないのだ。

考え事をしている中に、影は長く長く伸びていく。

休憩室が静かだと感じるのはいつ振りなのかは明確だ。

白波がこの休憩室を訪れたのを皮切りに、この場所に音が溢れた。

それまでは嘘の様に静かであった。今の様に。

前にいた救急病院では常にサイレンの音が鳴り響き、その度に僕らは駆け出した。

もちろん一時救命後の早期リハビリテーションの為である。

それを行う為に処置を終えた医師より指示が出る。運ばれてきたその日にリハビリテーションを行う事だってある。

まさに喧騒の中に僕らは居た。

PHSが鳴る度に、席を勢い良く立ち上がり駆け出す指導者の姿を思い出す。

小さな体と不釣り合いなほどの大きな歩幅で、足を踏み出す度に長い黒髪は左右に揺れた。

「行くぞ!山吹君。」

その声を合図に僕もまたその背中を追った。そして喧騒を離れた今もその背中を追っている。

今はもう何処に在るのか分かりもしないのに。

偶には書籍でも買いに行くか。

そう思って立ち上がった時に、そういえば今日が祭りの日だと気がついた。そして再び席に着く。目当ての書店は街の中央にある。

人混みは嫌いだ。また今度だな。

さてどうするか。背もたれに体を預けて足を組むとポケットの中で振動を感じる。取り上げてみると、白波から連絡が届いていた。

ふん。と山吹は鼻を鳴らす。

まぁ似合うじゃないか。と誰に聞かせる訳でも無くそう呟いた。

そして山吹は席を立つ。まぁ学び続けるのが僕らの義務だからな。

そう誰に聞かせる訳でも無く心の中で呟いた。

遠い場所から祭りの音が流れてくる。

また白波は食べ過ぎているのだろう。

病院から街へと歩を進めながら、そんな事を考えた。

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