腰椎圧迫骨折の話 その⑨ 〜リハビリを繋げるという事〜【白波百合のリハビリテーション】

圧迫骨折

さてどう話を切り出すか。山吹はまっすぐにこちらを見つめる瞳を避けながら、そんな事を考えていた。

白波 百合
白波 百合

さっそく歩く練習を始めたくなったっすよ!

山吹 薫
山吹 薫

もう夕方だろう。明日にしないと迷惑だ。

そうっすね!と白波は僅かに舌を出してそう答える。たしかに受け持ち患者様との関係も問題はない。しかし良すぎる程だと山吹は思う。

山吹 薫
山吹 薫

段階的に病棟での活動を注意しながら上げていく。その方法はもうわかったか?

白波 百合
白波 百合

うっす!後は実践のみっす!

山吹 薫
山吹 薫

なぜそう鼻息が荒いんだ?まぁやる気がある事は良い事だ。その前に話しておかなければならない事がある。

山吹はまっすぐと見つめる瞳に答える。白波が目を丸くして首を傾げる。それは何度も見た仕草だ。

山吹 薫
山吹 薫

話題は変わるが現代の制度では永遠に入院はできないのは知っているな?

白波 百合
白波 百合

勿論っす!それに病院はいつまでも居るところじゃ無いっすからね!

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。心情的にはな。特に急性期病棟や一般病棟では長く居る事は出来ない。それにリハビリも診断名によって期限は決められている。それは患者様に対して入院の際に良く説明されている。

白波 百合
白波 百合

算定の上限ってやつっすよね!リハビリで単位が算定できる日数で、この方は運動器算定で結構リハビリできるっすよ?

まだ分からないのかと山吹は思う。それにはっきり言ってしまえば済むものに、中々切り出せない自分にも嫌気がする。

山吹 薫
山吹 薫

算定上はな、しかし急性期にいてはリハビリの量は限られる。君も去年は回復期病棟にいたから分かるだろう。

白波 百合
白波 百合

確かに回復期病棟に入れば1日最大3時間くらいリハビリできるっすもんね。疾患名によっては色々変化するみたいっすけど。

山吹 薫
山吹 薫

それもそうだが、退院日を決めるにあたって何処にも行けなくなるのは誰にとっても問題だ。だからその転帰先に向けて早めに動かないと、算定日数を超えてしまう。そうしたら殆どの場合、結果として入院していてもリハビリが出来なくなってしまう。

白波 百合
白波 百合

・・・何が言いたいんすか?

白波の表情が消える。笑ったり凹んだり表情の多い子だと思ったしそれももう随分と見た。だけどもその表情はまだ見た事がなかった。

白波 百合
白波 百合

あの患者様はもう歩く練習もできる段階っす。それに周りの人の力も借りれそうだし自宅の方向性で大丈夫っす

山吹 薫
山吹 薫

そうだな。

白波 百合
白波 百合

それに自分とも随分関係性も良くなって信頼してくてるっす。一緒に頑張ろうと約束もしたっす。決して家に帰るために・・とは言えないっすけど・・

山吹 薫
山吹 薫

それは見ているよ。その人の事を良く考えているとも思う。

白波 百合
白波 百合

・・・何が言いたいのですか?

跳ねたり飛んだりするいつもの話し方ではない。その声も初めて聞いたなと山吹は思う。

冷たく良く通る声はその瞳と共に自分に向けられている。そこからは背けてはならない。と山吹は思う。

山吹 薫
山吹 薫

リハビリが順調に進んでいるから回復期病棟への転棟が決まった。担当は変更になるがリハビリは継続となる。

白波 百合
白波 百合

自分はもう介入できないって事っすか・・・?

山吹 薫
山吹 薫

そういう事だ。分かっているだろう。

白波 百合
白波 百合

頭では分かっているし、必要性の理解は出来ているっす。

決して納得はしていないんだろうな。と山吹は思う。こんな時にどうすれば良いか。そんな事を学んだ覚えはなかった。

山吹 薫
山吹 薫

急性期や一般病棟の役割は状態の安定が目標なんだ。それが達成されたならば、よりリハビリの行える病棟に調整する。自宅に必要な能力が獲得されれば自宅の方向となる。

白波 百合
白波 百合

自分がもっとうまくリハビリが出来たら、すぐに家に帰れたのかもしれないんですね。

山吹 薫
山吹 薫

そうかもしれないが、短期間で例えば自宅で関わるチームと連携を取る、必要な情報を共有する、担当者会議をする。それらを行うには段取りも含めて時間が掛かる。

白波 百合
白波 百合

ならそれを自分が円滑に出来れば問題は無かったんですね?

山吹は口ごもる。決してそういう事を言いたい訳ではない。だけども決して否定は出来ない。自分のこういう所が嫌になる。

山吹 薫
山吹 薫

しかし、回復期病棟はより自宅の生活に近付けるための場所だ、もっと時間が掛かるならば老人保健施設を経由して退院といった手段を取る事もできる。時間は掛かるが不安なままに家に帰るよりは良いと思う。

白波 百合
白波 百合

入院時から時間を掛けてしまったから、自分が上手く立ち回れなかったから、あの人はまだまだ入院しなければいけないんですね。

そんな事は無いと口に出掛かって山吹は止める。自分のアプローチがそれで良いと思ってしまったら成長も止まってしまう。しかし正直、白波は良くやったと山吹は思う。それこそ合併症も著明な廃用も起こさずに。

山吹 薫
山吹 薫

とにかくだ。今回の経過をきちんと回復期病棟のスタッフに申し送るように。それがその患者様の為にもなる。

白波 百合
白波 百合

勿論それは重々承知です。それと山吹さん。

山吹 薫
山吹 薫

なんだ?

白波 百合
白波 百合

山吹さんは・・・やっぱり嫌味な人ですね。

白波は言葉も表情も無いままに音も無く立ち上がる。ゆっくりと閉じられる扉だけが僅かに音を立てた。辺りの空気が薄い氷雪に感じるほど冷たい休憩室で、山吹は眼鏡を外して額を右手に預けた。

白波百合のノート 67

・リハビリが行える期間は限られている。だから早めに戦略的に介入する必要がある。

・急性期病棟でリハビリが終えれなくても、疾患によっては回復期病棟やその他の制度を利用してリハビリが継続できる。

・先輩は嫌味だ。

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