坪井咲夜の暇な時 その⑦ 〜セラピストとして人として〜

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まったく。と困った様に視線を伏せる山吹薫を眺めて、坪井咲夜は腕を腰に当てる。

ホンマに感情が無い様で、分かりやすい人やなと思いつつ、今はその気遣いが心から嬉しかった。

こんなに自分の言葉を誰かに伝えるのが苦手な男が、普段なら絶対に言わない言葉を吐く。

大丈夫だ。

その言葉はゆっくりと胸の奥に沈む。

医療従事者として働いていると、その言葉は意外に使えない。

それほど物事が単純でもないと知っているからだ。

余計な希望は持たせる事は出来ないけれど、そういう言葉を誰だって望んでいる。

たとえ最悪の事態に陥ろうともそれは気持ちの部分で嬉しいのだ。

桜井玲奈はいつもの様に両手を組んで山吹に見惚れているし、沢尻悠は何を考えているのか分からないほどにヘラヘラとしている。

いつもの様な日常はこんな時ほど愛おしくなる。

退屈で退屈でどうしようもない時間。それはとても愛おしい。

きっとウチもそうせなアカンのやろなと、視線を外しながら自分の表情を伺う山吹を見て坪井はそう思う。

隔たる長い年月で出来た壁は、すぐに取り払う事は出来ない。

だからと言ってその壁の前でただ佇んでいても何も進まない。

必要なのはこの男の様に必死になって考えた、らしくない一言の様な気がする。

なんだかんだで先輩やもんな。坪井はそう考えていると、休憩室のドアは開く。

「咲夜!外線かかってきてる!お父さんから!」

再び戻りかけていた空気は一気に冷たくなる。

穏やかなオレンジ色に西日に包まれた部屋が一気に色味を失い、酷く冷たい色に見えた。

「なんでこんな時やねん!なんで!」

「大丈夫!一緒にいこ!」

と伸ばされた手を坪井は手を伸ばす。すぐそこに沢尻が歩みよる。

「まずは落ち着いて冷静に、状況を確認しないと・・・」

「こんな時に冷静になんかなれるか!」

反射的に伸ばした右手を沢尻に向ける。そして勢いを増し沢尻の頬を跳ね飛ばす。自分が剥けた視線に沢尻は目を丸めている。

「そんなん知るか!医療従事者だろうとセラピストだろうと何だろうと!そんな時にそんな気持ちになんかになれるか!阿呆!」

坪井は白波を置いて駆け出す!そしてその後を白波はすぐに追う。

「沢尻さん・・・気持ちは分かりますが、今のは流石に愛想が尽きますわ。」

桜井もまたその言葉を残して坪井の後を追う。残されたのは只佇む沢尻と、仕方がないと立ち上がる山吹だった。

「まぁなんというか、話なら聞いてやるよ。」

山吹は右手に持った薄い文献を沢尻の頭に乗せる。

まったく仕方がない後輩だ。その言葉は沢尻の中に留まる事はせずに、只々宙空に溶けていった。

【〜目次〜】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。

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